就職3日で自殺を図った男が見た「絶望の限界」 35歳元ひきこもり男性が長年抱えてきた葛藤

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32歳までエクササイズを続けた彼は、動き出した。とはいえ、30歳を過ぎて就職は難しい。フルタイムで働く自信もなかった。そこで実家や兄が起業した会社でマーケティングや新卒採用、IT関係などを担うようになる。

強権的な父親を恨んだこともあった。だが彼は一時期、祖母の介護をしてみて、父がつねに怒りっぽくて威圧的なのはこの母に育てられたからだとわかった。だから連鎖はここで止めよう、そのために親を許そうと思えたのだという。

以前だったら会社経営者の父が幹部を怒る声に耐えられず逃げ出していた。だが今は、「トップが怒るとどれだけ悪影響を与えるか。会社の士気が下がって従業員が辞めたら父自身が損をする。みんなが気持ちよく仕事をすることで効率が上がる」とうまく説得できるようになっている。

ひきこもり当事者・経験者の声を発信する活動を開始

「前は論破すればいいと思っていたけど、人は論破されても納得しなければ変わらない。僕自身、親とうまくやる術が身に付いてきた気がします」

彼のソフトな口調と、つい耳を傾けたくなる言葉のチョイスはそういう経験から生まれたのだ。

数年前からは『不登校新聞』や『ひきこもり新聞』と関わるようになった。さらに当事者が集まる『ひきこもりUX会議』の創立メンバーとして活動を始めた。

ひきこもり当事者・経験者が発信する雑誌『HIKIPOS』(写真:週刊女性PRIME)

そんな中、もっとナマの声を発信したいと立ち上げたのが『HIKIPOS』である。この雑誌、価格設定がおもしろい。定価は500円だが、当事者は100円、応援価格が2000円なのだ。石崎さんが考え出した設定だ。

「活動がお金と結びついていくといいんですが、まだ経済的にはうまくいかないですね」

それでも雑誌の評判は上々である。実際、当事者でなくても興味深く読める。それは結局、誰もが生きづらさを感じているからにほかならない。

かつていっときも休まずに自分に罵声(ばせい)を浴びせていた石崎さんが、あの頃の自分に言ってあげたい言葉があるとしたら? 彼はしばらく考えてから、穏やかに言った。

「自分を否定することはないよ。将来も絶望することはないよ」

【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】

亀山早苗(かめやま さなえ)
1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆。
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