高校生の可能性を、無限に膨らませる方法 前橋育英・荒井直樹監督のリーダーシップ(下)

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甲子園初優勝から6週間後、荒井には監督冥利に尽きる出来事があった。10月3日、国体の準決勝で修徳に敗れた直後、選手たちがベンチで涙を流していたのだ。

誤解を恐れずに言えば、国体の位置づけは、甲子園と比べてはるかに低い。夏に完全燃焼した選手はすでに部から引退しており、いくら公式戦と言ってもモチベーションとして難しい部分があるだろう。

国体前の練習で、荒井は久々に雷を落とした。すでに就職が決まり、練習に手を抜く3年生がいたからだ。

「そんな適当なことを教えたか? お前のために、俺がどれだけ頭を下げたかわかっているのか?」

言いすぎてもダメ、目をつぶりすぎてもダメ

国体の初戦は、高知の強豪・明徳義塾戦。仮に大敗すれば、「やっぱり、甲子園の優勝はマグレか」と言われてしまう。荒井は胸に秘めた思いについて、初戦を勝利した後に吐露した。選手たちが準決勝敗退後に涙したのは、荒井の気持ちが伝わったからなのかもしれない。

「国体でワンワン泣いているヤツなんて、見たことないでしょ(笑)? 悔しいというより、ここまでやり切ったという達成感もあったと思う。甲子園では、1回も泣いていないわけだから」

高校野球のチームにとって、監督にのしかかる責任は重い。言いすぎてもダメ、目をつぶりすぎるのもダメ。未来ある生徒たちを成長させるには、絶妙なさじ加減が求められる。

「ネジは必ず緩むから、それを締めるのが僕の役割。でも締めすぎると、バカになって壊れる。だから、ほどよく締める。でも、だんだん緩んでくるから、キュキュっとしていく。その繰り返しが大事な気がする。『チームとして締めなきゃいけない』と会話することも必要だし、締めすぎると壊れちゃう。そういう話をすると、選手と変な距離感が生まれなくなる。ほどよい緊張感が必要で、あまり強い緊張感はよくない。監督の顔色をうかがっていては、選手はあまり力を出さないと思う。この場ではやるだろうけど、違う場所に行ったらネジが緩みっぱなしになると思う。締め方も緩め方も、ここで覚えていってほしい」

組織における指導者の責任は、極めて重い。同時に、指導者が適切に背中を押してやることで、プレーヤーは可能性を無限に膨らませることができる。 

前橋育英が「最高の夏」を過ごすことができたのは、監督と選手に良好な関係があったからだ。

(=敬称略)

中島 大輔 スポーツライター

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なかじま だいすけ / Daisuke Nakajima

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックに移籍した中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた「野球消滅」。「中南米野球はなぜ強いのか」(亜紀書房)で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。NewsPicksのスポーツ記事を担当。文春野球で西武の監督代行を務める。

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