歓喜の夏が終わり、前橋育英ではまた新しい夏に向けた戦いが始まっている。秋季大会の敗戦により、センバツの出場が事実上絶たれ、選手に荒井はこう話した。
「もう1度、ここがスタートのつもりでやろう。昨年のチーム以上の守りを、春にはできるようにしていきたいな」
2013年夏の甲子園で、前橋育英の武器としてクローズアップされたのが守備だった。併殺やバント守備に優れ、「攻撃的な守備」と形容された。
守備には指導者の哲学が表れるもので、荒井自身は「相手に点をやらなければ、こっちが点を取ったのと一緒」と考えている。スコアボードに並ぶ9つのイニングのうち、相手が点を奪うチャンスを1回ずつ潰していけば、自分たちに得点が入ったのと同じという考え方だ。
野球ではよく、「1試合のうちにチャンスが3回ある」と言われる。そのセオリーを踏まえ、荒井は「1試合で併殺を3個取ろう」と話している。
「無死でゲッツーを取れば、『無死でランナーが出た』という相手のチャンスを潰せる。一死から併殺で切り抜けることができれば、チェンジになって流れを持ってくることができる。チームにそういう雰囲気を作るために、僕が先頭に立って『よし、ゲッツー取るぞ』と言っていたら、今では選手たちも言うようになった。『ゲッツー行くぞ』っていう雰囲気になると、自然とそうなる確率が上がってくる」
守備力を高める方法
荒井は自身の理論を「こじつけ」と謙遜するが、要は考え方の問題だ。野球の試合を戦う2チームは攻撃と守備に分かれて9イニングを繰り返すが、荒井の中では攻撃と“攻撃”。「守りでも攻める」という気持ちでいる。
「相手に『前橋育英は守りがいい』と植え付けることができれば、つねにストレスを与えられる。攻撃はひとりでやるしかないけど、守りはみんなでできる。たとえばポジショニングを少し変えることでアウトになることもあるし、外野からカットマンにつないでアウトにすることもできる。声をかけるのも全員で行う。守りはチームとしてできるから、大事なのかな」
守備力を高める方法のひとつが、複数の視点を持たせることだ。前橋育英では冬の間もランナーをつけた形で守備練習を行うが、荒井はセカンドの後ろでジッと目を凝らしている。
内野ゴロの基本は捕球し、ステップして一塁へ投げることだが、そうした一連の体勢を作れない場合もある。たとえばセンター前に抜けそうな当たりに飛びついて捕っても、一塁への送球でアウトにできなければ、捕球したことに意味はない。たとえ崩れた体勢でも送球し、アウトにして初めて好捕したことが結果につながる。ステップは重要だが、必ずしも行う必要はないのだ。
判断力を付けるために「見る」
そうした話を、荒井は近くから内野手や走者に伝えている。
「今の当たりなら、こうやって守るとイメージしておけよ。俺も自分が選手のときにわからなかったことが、セカンドの後ろにいるとよく見える。たぶん、みんなもそうだと思う」
ランナーのいる状況で内野ゴロをさばこうとする場合、まずはボールを捕球することが先決で、走者への注意がおろそかになりがちだ。だからこそ事前に走者の位置を確かめ、「ここに打球が来たら、こっちに投げよう」と準備しておくことが重要になる。映像をイメージして準備しておけば、プレーの成功確率がグッと高まる。
「周りから見ているような目を持って、自分が内野の中に入って守備をできたら、すごく判断力がよくなる。だから、選手には『よーく見ておくんだぞ』って話している。ボーッと見ているのは問題外。そういうヤツにはものすごく怒る。なぜなら、見るのは判断力をつけるために大事なことだから」
荒井は指導方針として、同じ練習を地道に繰り返させる。真新しいメニューを入れるのではなく、意図を持って同じ練習をし続けることで、濃度が増していくと考えている。
「同じことをやり続けることで、変化を感じさせたい。同じことをやり続けるから、『バットが振れてきたな』『判断力が磨かれてきたな』と感じることができる。真新しいことばかりやっていると、変化が見えないと思う」
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