今のままでは大幅な円高ドル安になりかねない 安倍政権は「脱デフレ政策」を「放棄」したのか

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FRB、ECBに加えて、2019年になってからオーストラリア、インド、中国などのアジア諸国の中銀も金融緩和姿勢を強めている。特に、輸出や資源価格など外的環境に左右されやすい新興国などで、金融緩和の前倒しが目立っている。

米欧の債券市場では、5月からの米中貿易戦争再開が、FRBの利下げ転換をもたらすとの思惑が高まった。今後0.5%以上のFRBの利下げが織り込まれ、米10年金利は一時2%付近と2017年9月以来の水準まで大きく低下した。

アメリカの株式市場は、FRBの利下げ転換期待で6月に反発したが、債券市場の値動きは、米中貿易戦争による景気後退を織り込んでおり、株式市場と債券市場の景気判断には差があるように見える。

筆者は、米中貿易戦争による関税引き上げは今後も続き、製造業の生産活動が上向くには時間がかかるとみている。一方、長期実質金利がほぼゼロまで低下していることが、息切れの兆しがみえるアメリカ経済を再び上向かせるだろう。つまり、FRBなどによる金融緩和の効果が、貿易戦争などの景気下押しの相当部分を相殺するとみている。この想定が正しければ、足元でリバウンドしている同国の株価の反応が正当化されるだろう。

米欧債券市場での大幅な金利低下が続いている中、為替市場においてドル円相場はやや円高ドル安に動いた程度で、1ドル=110円を挟んだ過去2年の狭いレンジ内での動きは変わっていない。最近のドル円の値動きが特に小さいが、日本の政治情勢が相対的に安定しており、日本と米国の外交関係が良好であることが一因になっている。一方で、欧州では、英国のEU離脱(Brexit)など、政治イベントが為替市場を動かす材料になる場面が多い。

再び円高ドル安が進む?

近年、中銀の政策や金利の変動が、ドル円相場など先進国通貨に及ぼす影響が小さくなっていると思われるが、これはFRB、ECB、日本銀行の金融政策の方向性が同じ方向に動くことが共通認識になっていることが一因だろう。足元のようにFRBが利下げに転じる時には、ECB含め多くの中銀は金融緩和に動くこともあり、金融政策のスタンスの差は生じにくくなる。

もちろん2010年のようにFRBがQE2(量的金融緩和第2弾)に踏み出した時に、大幅なドル安円高となったが、この時は保守的な中銀である日本銀行がFRBとの金融緩和競争に負ける、という期待が支配的になった。その後、2013年から黒田東彦総裁体制となり、日本銀行が少なくともFRBと同様に金融緩和に積極的との認識に変わったことが、それ以降のドル円の安定をもたらしたとみられる。

筆者は、FRBによる迅速な金融緩和によって、2019年のアメリカ経済は安定成長が続くとみている。ただ、米欧債券市場が想定するような同国の景気後退が訪れれば、同国株の下落局面が1年程度は続くだろう。であれば、FRBの大幅な利下げ、または量的緩和再開が期待されるようになる。この時ドル円相場はどうなるか。デフレ再来の脅威が高まる中で、「日本銀行が再び金融緩和競争に負ける」との期待が浮上し、円高が進む可能性がある。

最近の日本の経済政策をみると、政府は、景気減速が続きゼロ近傍の経済成長率と停滞する中で、10月に消費増税による大規模な緊縮財政を始める決断の時期が迫っているようだ。日本銀行は、現行の政策枠組みにこだわり、政府の財政政策に足並みを揃え、国債購入金額を大きく減らしている。量的緩和政策を和らげることで、ほぼゼロインフレの状況を許容していると言える。安倍政権の脱デフレを最優先とする政策レジームは、変わりつつあると思われる。

今後1~2年先の政治情勢を予想するのは難しい。だが、ポスト安倍政権が意識され、脱デフレと逆行するような経済政策レジームがさらに強まる、という期待が広がる可能性がある。その場合、現状筆者がリスクシナリオと想定している大幅な円高は避けられないのではないか。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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