救急医療の崩壊は医療費抑制が原因、基本法制定で再生を--島崎修次・日本救急医療財団理事長(杏林大学医学部教授)
罪深い医療費抑制政策 採算合わぬ救急医療
--救急医療が危機に陥った原因はどこにありますか。
最大の原因は小泉政権下で強まった医療費抑制政策にあります。06年度の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」(骨太方針06)で打ち出された、社会保障費を5年間で1兆1000億円削減するという方針がボディブローのように効いています。そして06年の診療報酬改定では、約1兆円の診療報酬が削減されました。そうした中で、もともと採算の合わない救急医療は大きなダメージを被りました。
さらに、療養型病院が少ないうえに減少しているために、救命センターで治療を終えた患者の行き場がないという問題もあります。前出の厚労省調査では、3次医療機関が受け入れに至らなかった理由の37・8%が「ベッド満床」、34・5%が「手術中・患者対応中」でした。
これらはシステムの問題です。救命センターが採算面で成り立つものであれば、マンパワーも資機材ももっと投入することができます。しかし現在は、補助金を入れてトントンになるかどうか。09年度予算で救急医療のための地方交付税が増えることになりますが、赤字補填のレベルにとどまっています。
--日本の救急医療において、現在の1次、2次、3次の機能分担による制度が導入されたのは77年。それから30年が経過する中で、救急医療の充実が図られてきたはずです。
そのとおりです。同時に世界的に見ると日本の救急医療システムは非常に特異です。つまり、重症度別に受け入れ先の医療機関が決まっているのです。初期救急患者は開業医を中心とする1次医療機関へ、それから入院を必要とする患者は2次医療機関へ、そして重篤な患者は救命センターによる3次医療機関へという仕組みが出来上がっています。これに対して、北米では救急患者は基幹病院に運ばれる「ER」という仕組みがとられています。これは、ER医(救急医=エマージェンシー・フィジシャン)があらゆるレベルの救急患者の初期治療を行います。この仕組みには長所と短所がありますが、重症患者が優先されるため、軽症の患者は延々と待たされるというデメリットがある。つまり、病院への搬送はスムーズですが、その後が大変です。患者の重症度に応じて受け入れ先が決まる日本の救急医療システムは、患者にとってはメリットが大きいともいえます。ただ、救命センターの整備はいまだに道半ばです。
必要な自己改革努力 競争通じレベルを向上
--どういうことでしょうか。
救急医療は地域医療の代表格です。わが国では各都道府県が、おおよそ人口30万人単位の「2次医療圏」に分かれている。2次医療圏は365あります。そして救急医療は2次医療圏の中で自己完結で行うことを目指しています。ところが、救命センターは全国で210カ所程度にすぎません。つまり救命センターが一つもない2次医療圏が数多くあるのです。当初、人口100万人に1カ所くらいの救命センター設置しか考えてこなかったことに原因があります。そこで最近になって、規模が小さい「新型救命センター」の設置も進められてきましたが、充足は道半ばです。同額の住民税を払っていながら、同レベルの救急医療を受けることができないのが現実です。
--税財源の地方分権を狙いとした「三位一体改革」(04~06年度)の中で、救急医療についても補助金の一般財源化が進められました。ただ、財政難が重なる中で、救急医療が手薄になる現象も起きています。
自治体や住民が医療福祉や救急医療を必要だと感じるのであれば、一般財源でいいと思います。ただ、救急医療は水道や電気、学校と同じく、ライフラインであるにもかかわらず、これまでは手薄になっていた面がありました。救急医療は、いざ自分が利用する事態にならなければ、切迫感を感じにくい。119番にかければ何とかなるだろうと思っている市民が多いのではないでしょうか。利用者の皆さんには、救急医療というライフラインを守る意識を持っていただきたいし、救急医療の資源が無尽蔵ではないということもわかっていただきたい。