救急医療の崩壊は医療費抑制が原因、基本法制定で再生を--島崎修次・日本救急医療財団理事長(杏林大学医学部教授)

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--その一方で、救急医療の担い手の自己改革努力も必要ですね。

厚労省はこれまで、救命センターの機能評価、言い換えるとランク付けをしてきました。アクティビティが高くて、患者を断らない病院がAランク。Bランクは100点満点の50点から25点。Cランクは25点以下という具合です。Aランクの病院は補助金は満額で、Bランクは1割カット、Cランクは2割カットというようなことをやってきました。ただ、10年ほど経つうちに、今ではほとんどがAランクになった。そこで昨年、私が座長を務める厚労省の「救急医療の今後のあり方に関する検討会」で、救命センターについて新たな評価基準を定めるべきという趣旨を盛り込んだ「中間取りまとめ」を行いました。

そこでは、空床の確保数や専任医師数といった診療体制面を中心とした従来の評価基準を刷新し、地域医療への貢献や第三者の視点による評価項目などを盛り込みました。そのうえでランキングを作り、公表しようというものです。これは、全国統一学力テストの救急医療版のようなものです。この仕組みの何が優れているかといえば、自治体が救命センターの維持・向上のために取り組まざるをえなくなることにあります。ただ、病院側には「おカネも十分に出ない」という不満もある中で、09年度から始める予定だったものが少し延びています。予算がきちんと付けば、きちんと始まるでしょう。

深刻な救急専門医不足 待遇改善が急務

--救急医療の危機の打開の展望は見えてきましたか。

依然として深刻です。指導者ごと救命センターをやめてしまう大学病院も出てきました。実は救急専門医が1人ないし2人しかいない救命センターが全体の3分の1もあります。厚労省は5人以上置くことを求めていますが、多くの救命センターで満たすことができていない。というのも、日本救急医学会が認定した救急専門医は全国で約2500人しかいないからです。06年の厚労省の試算では4300人必要とされていますので、6割にも満たない。そして、2500人全員が救急医療に専門に携わっているわけでもありません。

--なぜ救急専門医は足りないのでしょうか。

ある学者の調査によれば、救急医の1週間当たりの平均実労働時間は77時間、1カ月の平均休養日数はわずか2・1日です。これは極めて過酷な労働実態です。そして同調査によれば、救急医の免疫能(ナチュラルキラー細胞の活性値)を調べたところ、正常値の下限でした。言うなれば、免疫が低下しており、感染症リスクにもさらされている。こうした過酷な勤務実態は労働基準法違反も甚だしいものですが、厚労省は実態を十分把握していない。

過酷な勤務ゆえに、「研修後に専門としたい診療科」でも、救命救急を挙げる研修医は極めて少数です。当直は午後5時から翌朝9時までですが、当直料の相場は1万円。時給に直すと625円にしかならない。また、勤務医の給料自体も低く、救急救命士よりも低い医師もいます。

--救急医療を立て直すにはどんな手だてが必要でしょうか。

ガン専門病院が成り立つように、救急専門で病院経営が成り立つようなシステムが絶対に必要です。ところが、救急はデメリットが多いのでやめてしまおうという病院が増えています。むしろ、救急患者を積極的に確保することがメリットにつながるような仕組みを作るべきです。また、妊婦の「たらい回し」をなくすためには周産期医療と救命センターの連携が必要です。これまでは周産期医療は自己完結型のネットワークが多かった。ネットワークがうまく機能するためには、産科医以上に救急専門医の確保、養成が最大のカギになります。救急専門医の数が増えていけば、2次救急医療機関の救急医不足の解消にもつながります。

そして、人間の命を守ることを最優先にした基本法、すなわち救急医療に関する基本法を、ぜひ議員立法で作っていただきたい。その法律に基づいて、救急医療の充実を図る必要があります。


(岡田広行 撮影:今井康一、今 祥雄 =週刊東洋経済)

しまざき・しゅうじ
1940年生まれ。66年大阪大学医学部卒。筑波大学助教授を経て、87年から現職。専門は救急医療システム、重症救急患者管理。99年から2005年まで日本救急医学会理事長。06年より日本救急医療財団理事長。日本災害医療支援機構理事長も務める。

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