西欧優位の起源となった「世界史の大分岐点」 気候変動と生態環境で見るアジア史

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なるほどモンゴル帝国の遺制に間違いありません。しかし大きく違うのは、それまでユーラシア史を牛耳ってきたシルクロード上の境界地域との関係が、いずれも希薄になっていることです。シルクロードの幹線を占めていた中央アジアが地盤沈下したと言い換えることもできます。

16世紀以後はもはや中央アジアにヘゲモニーはなく、オスマン帝国もサファヴィー朝もムガール朝も、そして東アジアの明清も、海のほうにベクトルが向いていました。政権の出自は遊牧世界でも、興隆のエネルギーを得ていたのは、海からにほかならなかったのです。

地中海とシルクロードの凋落

それでは、そんな16世紀以降の世界をもたらす転機になったのは、いったい何か。いわゆる大航海時代です。

寒冷化は「黒死病」をはじめとして、地中海・ヨーロッパを痛めつけました。そこからルネサンス・近代が出発します。以上は世界史の常識ですが、以下は少し非常識なことかもしれません。

都市国家と商業資本を中心としたイタリア・ルネサンスは、シルクロードの文明と近似するアジア史の継承形態です。地中海世界がそもそもローマ・イスラームを受けたオリエントの一部でした。ローマがギリシアの分派であり、ギリシアがシルクロードの最西端に位置するシリアの分派だったからです。

草原のシルクロードは、馬を使えば速く往来できます。地中海は船を使うことで、効率的な航行が可能です。つまりシルクロードと地中海上は点と点を結んで、ほぼ同じ役割を果たしていたわけで、両者はシリアを中継点に1本のハイウェイでつながっていました。

ルネサンスの成果に、地球球体説の提唱や航海技術の向上があります。その知識・技術を前提として、15世紀末、コロンブスが西回りの航海に出て、アメリカ大陸を「発見」しました。こうして大航海時代が始まります。

この大航海時代は、地中海の位置づけを決定的に変えました。世界のハイウェイとしての意味を失って、ローカル線と化したのです。イタリアが凋落したのも、そのためです。

ちょうど同じ時期、中央アジアでティムール朝が滅び、シルクロードが地盤沈下しています。おそらく偶然ではありません。交通の幹線・世界史の舞台が海洋に変わったということです。こうしてアジア史も、海によって規制される時代に突入したのです。

いわゆる「新大陸」のアメリカを手に入れた以降の西欧は、ひたすら近代化・強大化のプロセスをたどりました。これは2段階に分けて考えると、わかりやすいでしょうか。

まず16世紀の大航海時代です。スペイン・ポルトガルが先鞭をつけ、各地に植民地を設けて、アメリカ産の銀でアジア物産を買いまくった時期です。インドからは綿織物、中国からは生糸や茶、といった具合で、ヨーロッパはその一方的な購買者・消費者でした。ヨーロッパは寒冷地なので、こうした産物ができなかったのです。

担い手はやがて、オランダ・イギリスに代わります。戦国から江戸の日本で、南蛮から紅毛に交替したのを思い浮かべていただくとよいでしょう。

さらに転機になったのが、「17世紀の危機」です。これは大航海時代の後に、火山の噴火などで訪れた世界的な寒冷・不況期を指します。世界中どこもひとしくこの「危機」に直面したのですが、そこで突出した動きをみせたのがヨーロッパ、とくにイギリスです。

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