プーチンと金正恩、初の首脳会談が持つ意味 ウラジオストクにおける虚々実々の駆け引き

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今回のウラジオストクでも、金正恩はプーチンの手のひらに乗せられたままでいたわけではない。

首脳会談の会場はウラジオストク湾内ルースキー島の極東連邦大学のキャンバスが選ばれた。APEC(アジア太平洋経済協力)会合や東方経済フォーラムもここで開催されている。金委員長は、連邦大学内の迎賓館に宿泊した。25日午後2時、プーチン大統領は連邦大学のメインキャンバスに先に入り、金正恩委員長を待ち受けた。しかし予定の時刻になっても金委員長は現れない。ロシアテレビの記者はいら立ったように「プーチン大統領がメインキャンバスですでに待機しています。予定の時間が15分過ぎでもまだ金委員長は現れません」と中継を続けていた。

ロシアにとってはプーチン大統領が少しでも待たされるとは異例のことだ。金委員長も対等な指導者としての重みをロシアに示そうとしたのだろう。プーチン大統領を20分ほど待たせて、金委員長の乗った防弾使用のドイツ車は会場脇にゆっくりと到着した。あたかもクレムリンのように儀仗兵が並ぶ中を、プーチン大統領は「ようこそロシアへ」と金委員長を出迎えた。

プーチン大統領は目的を達した

ロシア側の今回の首脳会談の目的は、プーチン大統領と金正恩委員長との信頼関係構築である。ロシア外交の最大の武器は百戦錬磨のプーチンその人だ。金正恩という人の品定めをして、その本音を引き出し、首脳同士が腹を割って話せる関係となること。そのためまず首脳同士が通訳のみを交えて話し合う「テタテ」の形式から首脳会談が始まった。外相などを交えた少人数会合を重視するロシアの外交スタイルとしては異例のことだ。1対1の首脳会談は予定の1時間を大きく超えて2時間近くに及んだ。

会談の冒頭、プーチン大統領は興味深い発言をしている。「昨年、我々は国交樹立70周年を祝った。朝鮮人民民主主義共和国の創設者は、1949年に最初の訪問としてモスクワを訪れている。私は(2000年)貴国を訪問したことを思い出している」。

2000年、プーチンは沖縄でのG8サミットに出席の途上、平壌に立ち寄った。ロシアの大統領として初めて北朝鮮を電撃的に訪問して、「北朝鮮のロケットをロシアが平和利用目的で打ち上げる」という“平和”イニシアチブを発表した。いわばプーチン外交のデビューは北朝鮮であった。さらにさかのぼれば祖父・金日成はまさにソビエト軍が北朝鮮に凱旋させた指導者だった。

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