グローバルエリートが東南アジアをご案内 首長族vs. 腹太族の遭遇!?

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100歳、200キロのスッポンが住むホアンキエム湖

ベトナムの英雄、ホーチミンの写真の前にたたずむグローバルエリート

「ベトナムにはつねに困難が待ち受けてきたが、われわれは各時代ごとに困難を乗り切る英雄には不足しなかった」。これはベトナムのことわざらしいが、この苦難の歴史の長かったベトナムの今は、かつての苦労がようやく報われたか、とうれしくなるくらい活気がある。

人口動態の若いベトナムでは、経済成長も順調に続いており、若く勤勉な労働者を求めて世界中の企業が進出している注目のマーケットだ。

私はホーチミンの喧騒より、ハノイの落ち着いた伝統的な街並みがお気に入りで、特にあの大きな湖(その中の大きな亀の物語は必読! というほどのものでもないが、あんなに大きな亀が存在したのかとうれしくなってしまう。この近所にある大きなローカルマーケットを歩いていても興味深く、日々、大量の鶏が目の前で首を絞められて新鮮なから揚げに変えられており、また川で取れた大きな魚やカエルが所狭しと市場を埋め尽くしている。

ハノイ中心のホアンキエム湖でベトナムの伝統民族儀式を見ることができた

私はあの縦に長いベトナムを縦に縦断したわけだが、かの有名なハロン湾での奇岩を見ながらの航行はなかなか趣がある。同じような奇岩がひたすら続くので、元が攻めてきたときはモンゴル軍が混乱して、この海でベトナム軍に撃退されたと聞いたが、本当だろうか。

ハロン湾でクルージング。このハロン湾は世界遺産に登録されている

なんか日本への蒙古襲来のときもそうだったが、フビライハーンの軍隊は実は海戦に弱かったのではないか。至る所で海での戦いで大敗しているのは、そもそも内陸国家で海に慣れていなかったこととも関係があるのだろうか、と勝手な推測に拍車がかかる。とにもかくにも、ベトナムは中国、モンゴル、フランス、アメリカという歴史上の数ある最強国からの軍隊をすべて退けてきた、たいへん誇り高い歴史を有しているのだ。

ベトナム戦争の傷跡と、柔らかいクロワッサン

さて、大半のベトナム旅行者にとって、こんなお堅い話はゴメンなのかもしれないが、戦争記念館ではベトナム戦争で使われた米軍の枯葉剤でどのように人々が残酷な死に方をしたか、そして奇形の子供たちがその後どのように生み出され、苦しんだかが、直視できない残酷な写真とともに展示されているので、ぜひ、そこでベトナムの近代史を勉強してみよう。

なお戦争記念館にはベトナムを侵略した国々のことが書かれているのだが、そこにある「私たちは許す、しかし忘れない」という標語が印象的であった。

最後に柔らかい話で終えるが、こちらのフランスパンやクロワッサンはとても柔らかく、味もいい。むしろ本場のフランスよりおいしいのでは、と思うくらいだが、一時、フランスの植民地支配を受けたためか、パンやケーキのクオリティは、食事がまずいことで有名なイギリスに支配されていた香港の比ではないのだ(何かとおいしい香港だが、パンとラーメンだけはなぜか本当にまずい)。

ちなみに余談だが、イギリス料理がまずいという評判は、戦中・戦後に節制のためにご飯を質素にしたからだ、と聞いたことがあるが本当かなこれ?

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