32歳引きこもりの息子に母が惜しみなく注ぐ愛 不登校、強迫性障害、「親ゼミ」を経て…
家のなかで不意に夫と会って、悲鳴を上げたこともありました。息子も夫もおたがいに同じ家にいるのが耐えられなくなって、夫が別居していたこともあります。
そうしたなか、何が一番つらかったかと言えば、「ふつうの生活」ができなくなってしまったことです。もうどうしたらいいのか、何を頼りに生きればいいのか、まったくわからなくなってしまって……。
ある日、藁をもすがる思いで『不登校新聞』に電話をかけました。そしたら、スタッフの方から、「フリースクール東京シューレ」で開催されている親の会「親ゼミ」(下記参照)を紹介してもらったんです。
経験者の体験が自分の血肉に
――「親ゼミ」に行かれていかがでしたか?
同じようなお子さんを持つお母さんたちが、ご自身の経験から「大丈夫だよ」と言ってくださって、ありがたかったです。
治療目的の開業医師の言葉より、彼女たちが「ウチはこうだったんだよ」と教えてくれることのほうが、自分の血肉になっていった気がします。
親ゼミに通うようになって、こう考えるようになりました。私もつらいけど、何より息子自身がつらいからこそ、ああいう行動をしてしまうのであって、本人だってやめたくてもやめられない。親がどうこうしてやめられるものでもない。
それよりも大事なのは、不登校でも強迫性障害でも、いま息子が生きていること。そこにある命に、自分は寄り添っていこう、と。
そうしたら、私の心も落ち着いていきました。そして不思議なことに、私の心が落ち着くのと並行して息子の症状も落ち着いていったんです。
――「寄り添う」という言葉がありましたが、渡辺さんにとって、息子さんに寄り添うとは。
命って、寝るところと食べるところと、安定している場所があれば育っていくと思うんです。だから、それを邪魔しないこと。あとは、求められたときに心を向けられるようにすること、ですかね。
逆に、「たくらむ」というか、学校へ行かせるためにご褒美を考えたり「こういうふうな働きかけをしたらこうなってくれるんじゃないか」と思ってしたことは全部失敗しました。
強迫性障害の症状が出ていたときも、30分間ずっと手を洗っているのを見て「もうキレイになったから大丈夫じゃない?」と声をかけてしまって。
そうすると、また最初からやり直しになるから、さらに洗う時間が長くなってしまうんです。洗いすぎて血がにじんでいるのを見て、こっちがつらくなってつい声をかけると、かえってもっとつらい目に合わせてしまう。
息子の言動だけを見るのではなく、裏にある気持ちを考えなきゃいけないんですよね。