山口周「人を"天才"と安易に呼ぶことの残念さ」 レオナルド・ダ・ヴィンチの知られざる秘密
美術史の研究者でもない人間がレオナルド・ダ・ヴィンチ(以下、レオナルド)の詳細な伝記を読む理由はなんだろうか。親切なことに、本書の冒頭で筆者のウォルター・アイザックソンはその理由を簡潔にまとめて記している。芸術と科学、人文学と技術といった異なる領域を結びつける能力をどのように身に付けるのかを実践例を通じて学ぶことができる、というのが、その答えである。
結論から言えば、アイザックソンのその意図は達成できていると思う。もともと大学院で美術史を専攻した人間としては当然のことだが、定番であるヴァザーリの評伝をはじめとして、私自身も何冊かのレオナルドに関する評伝にこれまで目を通してきたが、これだけ詳細かつ具体的に、レオナルドがどのようなことに関心を持ち、どのようにして研究し、結果どのような結論を導き出したかということを読者に伝えることに成功している本はないと思う。
つまり、レオナルド・ダ・ヴィンチという人物の生み出した芸術作品を読者に解説するのではなく、芸術と科学の境界線を軽々と飛翔し続けた人物の思考様式と行動様式を明らかにすることを目的に書かれているということだ。そしてその点が、美術史の専門家でもない人々が読むことの意味合いを生み出している。
極端な寡作、作品数はピカソの「1万分の1」
よく知られているとおり、芸術家としてのレオナルド・ダ・ヴィンチは極端な寡作で、完成作品は10作品程度でしかない。ピカソがおよそ15万点の作品を残したことを思い出せば、その出力はざっくり「1万分の1」ということでしかなく、これはいかにも少ない。
その代わりということでもないのだろうが、レオナルドは7200ページにも及ぶ膨大な量のノートを残しており、これをつぶさに見返すことで、彼がどのように感じ、考え、行動したかを、かなりの精度で把握することが可能となる。
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