山口周「人を"天才"と安易に呼ぶことの残念さ」 レオナルド・ダ・ヴィンチの知られざる秘密

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ここに、歴史上最も高い生産性を示した人物の秘密がある、と私は思う。恐らくは本書で一度も用いられていない言葉だが、これはモチベーションに関する問題である。現代的な言い方をすれば、レオナルドは自分がモチベーションを感じられる仕事のみを徹底して追求したということだ。

「器用な人」だったら、歴史には残らなかった

興味深いのが本書下巻の冒頭に記されているイザベラ・デステからの度重なる絵画制作依頼に対するレオナルドの対応だ。

時の富豪でありマントヴァ候妃でもあったイザベラは、レオナルドに心酔し「どんなテーマでも構わないので絵を描いてほしい」と再三にわたって懇願するが、レオナルドはのらりくらりとこれをかわし、結局は逃げ切ってしまう。レオナルドが仕事を引き受けてくれるかどうか、気を揉むイザベラに対して第三者が書き送った手紙が残っているのだが、その一箇所にこのような記述がある。

「水曜日に彼に会い、その意図を確認することができました」「レオナルドは数学の実験に没頭しており、絵筆など見るのも嫌だというのです」(下巻p44-45)

何ともはや。これを読んだイザベラの気持ちはいかばかりであっただろうか。

夜を徹して死体解剖に取り組み続けるのと同様に、これもまた常人にとって理解を絶する状況である。レオナルドとて経済的な問題を抱えていなかったわけではない。大富豪であるイザベラからの依頼を素直に受けていれば、恐らくは巨額の報酬を得ることができたはずだ。

引き受けたうえで仕事の大部分を弟子に任せるという「要領のいい」やり方を選ぶこともできただろう。しかし結局、レオナルドがイザベラのために絵筆をとることは終生を通じてなかった。

これはイザベラだけでなく、すべての富豪や権力者からの依頼についても同様である。レオナルドは、自分が心底興味を持った仕事以外には「まったく」手をつけようとしなかったのである。

そしておそらくは、そのようなレオナルドの仕事に向き合う態度が、彼を史上最高の画家たらしめているのだと、私は思う。弟子に任せて要領よく仕上げるといった器用なことができる人物であったら、おそらくこれほどまでの高い評価を得ることはなかっただろう。

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