山口周「人を"天才"と安易に呼ぶことの残念さ」

レオナルド・ダ・ヴィンチの知られざる秘密

アイザックソンは極めて率直に、このノートを基にして書いている。逆に言えば、これまでのレオナルドの伝記作品が重きを置いていた、「モナ・リザ」などの作品に関する考察にはあまり重きが置かれていない。実際にページ数を数えたわけではないので正確なところはわからないが、レオナルドの美術作品について述べている箇所は全体の2割にも満たないのではないだろうか。

では残りの8割がどのような内容なのかというと、それは水や光などに関する自然科学の考察、あるいは武器や建築などに関する技術・工学に関する考察、あるいは人間や動物の臓器や運動に関する医学・生物学に関する考察、によって埋め尽くされている。しかし、本書の目的がそもそも冒頭に記したものであるのだとすれば、むしろそうであるべきだろう。

特筆すべきは、レオナルド・ダ・ヴィンチという人物を、過去の多くの書籍がそうであったように「謎に包まれたミステリアスな天才」として扱うのではなく、あくまで「徹底した好奇心と行動の人」として描ききろうとする著者のアプローチだ。アイザックソンはこのように書いている。

「天才」というレッテルは単に人並み以上の才能に恵まれただけという印象を与え、かえってレオナルドをおとしめることになる。(上巻p19)

面白い指摘だと思わないだろうか。「天才」というレッテルはこれ以上ないほどの大きな賞賛を表す言葉だが、レオナルドにとってそのような評価はかえって「おとしめる」ことになる、というのだ。

「好奇心」と「活動量」がハンパではない

例を挙げてみよう。よく知られているとおり、レオナルドは生涯を通じて「人体解剖」に取り憑かれていた。当然ながら、この時代には死体を腐敗させずに保存しておくことはできない。つまり、解剖を行い、メカニズムを調べ、それをスケッチにとるという一連の作業は、死体が腐敗してしまうまでのごく限られた時間でしかできない、ということだ。

おそらくは、この限られた時間を最大限に有効活用するためだったのだろう、レオナルドは夜を徹して死体解剖に取り組むのである。

考えてもみてほしい。ただでさえ不気味な死体を相手に深夜に1人向き合いながら、腐敗という時間的制限の中で与えられた機会を最大限に活用するために、さまざまな部位を解剖し、そのメカニズムを考察し、後世の人々が魅了されるような正確さと優美さで、それらをノートにスケッチするという、精神的にも肉体的にも過酷極まりない行為を、何十体もの死体について行ったのである。

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