山口周「人を"天才"と安易に呼ぶことの残念さ」

レオナルド・ダ・ヴィンチの知られざる秘密

レオナルドはその容姿端麗なことでつとに有名だったが、晩年には実際の年齢よりもはるかに「老けて」見えたと言われる。その原因について、本書は何ほどかの示唆を与えているだけだが、私自身は、キャリアを通じて一貫している、このように過酷な姿勢が、レオナルドの老化を早めることになったのではないか、と考えている。

とまれ、レオナルドの獲得した知識や洞察は、そのような常人離れした好奇心の強さと、その好奇心に裏打ちされた活動量の賜物でしかない、ということがこのエピソードからもわかるだろう。これが、アイザックソンの指摘する「天才という安易な言葉で済ませるな」という忠告の意味である。

菜食主義者なのに、「脳」「胎児」「心臓」を切り刻む

ちなみに、レオナルドが取り憑かれたように、人体解剖を繰り返していたという点について、これまでに書かれた評伝は「人体を正確に表現することを求める芸術家は、人体がどのようにして機能し、運動するのかを正確に理解しなければならない」ためだったという、いささか薄っぺらい解説を付していることが多い。しかし、アイザックソンが指摘しているとおり、私も、そのような解説は事実を正確に言い得ていないと思う。

人間は不条理な状況を本能的に嫌悪するものだ。これ以上ないというほどに、優美な絵画を描くハンサムで柔和な菜食主義者のアーティストが何十という人間の死体を夢中になって切り刻み、嬉々としてそれをノートに描写している様は常人の認知システムをパニックに陥れる。

ということで、周囲の人間としては仕方なく、そのような「合理的」な整理で無理やり落ち着かせることにした、ということなのだろう。しかし、もし本当に死体解剖の理由が純粋に表現技術上の問題なのであれば人体表現に関わることのない「脳」や「胎児」や「心臓」などまで解剖する意味がない。何のことはない、レオナルド・ダ・ヴィンチは、ただ単に「知りたいから」解剖しまくったのである。

さて、このように常軌を逸した好奇心の強さに駆動されて過酷な仕事へと自分を駆り立てる一方で、やはり常人からすると同じように不可解なのが、レオナルドがしばしば示した「義務」についての驚くべき無頓着さだ。

レオナルドが寡作だったことはすでに指摘したが、絵画制作の依頼が少なかったというわけではない。当時にあって、すでに超一流の画家という評価を得ていたレオナルドには、権力者や富豪からの依頼が引きも切らなかった。

では、なぜ寡作だったのか。理由は2つある。そもそも引き受けなかったか、あるいは引き受けても納品しなかったのである。自分が興味を持つ仕事には夜を徹して取り組む一方で、興味を持てない仕事には頑なに手をつけようとせず、無理やり引き受けさせられた場合は仕事をやり遂げなかった。

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