実は役に立つ「論語の素読」と「偉人教育」

「君たちはどう生きるか」というモデルの不在

中野:清正が退治したのはトラだけではなかったからね(笑)。偉人の話は、子どもは好きだと思いますよ。子どもは正義の味方が好きだし、勧善懲悪も好きで、歴史学者の呉座勇一先生が言うように『ONE PIECE』からだって学べるわけです。

みんな喜んで大河ドラマを見ているんだから、英雄や偉人を欲している要素は絶対あるわけですよ。特に地元の人間だと、「ひょっとして俺も」という気になるのでいいのではないでしょうか(笑)。

柴山 桂太(しばやま けいた)/京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。専門は経済思想。1974年、東京都生まれ。主な著書にグローバル化の終焉を予見した『静かなる大恐慌』(集英社新書)、エマニュエル・トッドらとの共著『グローバリズムが世界を滅ぼす』(文春新書)など多数(撮影:佐藤 雄治)

古川:イギリスの文芸批評家ギルバート・キース・チェスタトンも、「子どもたちの健全な道徳心を養うには、熱血三文小説こそふさわしい」と言っていますね。中野さんがおっしゃった『ONE PIECE』なんかは、今の子たちにとってのそれでしょうし、私たちの世代でも、『北斗の拳』や『シティハンター』から「男としての生き方を学んだ」なんて言う人は、実はけっこう多いんですよね。施さんがおっしゃった自己犠牲の美徳のようなものは、戦後は学校教育から排除されて、マンガの中にしかなくなってしまった。

私が今の道徳の教科書に不満なことの1つは、子どもたちの身近な日常を題材にした、ものすごくつまらない作り話ばかりが並んでいることです。「ある日、太郎君と花子さんがケンカをしてしまいました」みたいな(笑)。文章としてもものすごく散文的で、なんにも面白くない。

そういう身近で日常的な現実ではなくて、むしろ現実を超越した、道徳的理想のほうを描くべきだと思うんです。カントが言ったように、それは子どもが「すごいな」とか「かっこいいな」とかという憧れの感情を抱けるものである必要があるし、そのためには、子どもを惹きつけるような、ある種の芸術性もなければならない。

繰り返しになりますが、「修身」の教科書は善かれ悪しかれそういうことをかなり計算して作られていたはずです。それが教育技術として効果をあげたということ自体は、継承するにせよ批判するにせよ、もっときちんと考えられるべきだと思いますね。

柴山:偉人教育は先生にとってもやりやすい面があるのではないでしょうか。「俺を見習え」と言うのは大変だけど、「立派な人を見習え」となら言えるし、「先生はどうなんだ」と突っ込まれずに済む。

:ただ、あまり個人の称賛に走ると、どこかの国のようなことになりかねませんね。

中野:確かに道徳教育として取り入れるとなると、反対する人がたくさんいるでしょう。

佐藤:しかも偉人は、学校教育によって生み出されるものなのか。学校教育に抗して生まれた偉人のほうが、じつは多いのではないか。そう考えると、学校で偉人の話を教えることには矛盾もひそんでいそうですね。

近代的論理と土着的感覚

:古川さんの本『大人の道徳:西洋近代思想を問い直す』の中に、カント主義を武士道と比較してみたり、シティズン、つまり市民を武士の民と書いて「士民」とするとか、日本の伝統との整合性を考えつつやっていこうという話がありましたが、私も道徳とは、近代国家を作っているシステムの根底にある日本的な何か、その国独自の文化を考慮しつつ、教えていくべきものではないかと感じます。

古川:おっしゃるとおりですが、今回の私の本では、その土着的なものを論理化、言語化するためにも、あえて西洋的なロジックのほうを、意図的に重視したつもりです。

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