実は役に立つ「論語の素読」と「偉人教育」 「君たちはどう生きるか」というモデルの不在

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私もそのとおりだと思っていて、戦前の「修身」が善かれ悪しかれ教育技術として成功したいちばんの理由はそこにあると思う。修身は人物主義ですからね。徳目そのものを抽象的に教えるのではなくて、それを具体的に体現している人物を示して、「こんな立派な人がいました。みんなもこんな人になりましょう」と教える方法です。

それはフィクションでもいいと思うんです。私も1つだけ、私自身の経験を引き合いに出させていただくと、小学生のときに先生が読み聞かせてくれた『レ・ミゼラブル』のワンシーンが、まさに圧倒的に印象に残っているんです。

銀の食器を盗まれた神父が「これはあなたに差し上げたものです」というシーンがありますよね。あれを聞いた瞬間に、「なんだそりゃ?」っていう、何か棍棒で頭を殴られたような、ものすごい衝撃があって(笑)。僕は大人になってからキリスト教徒になったのですが、振り返ってみると実はあれがその原体験だったのかもしれないとさえ思うくらいです。

戦前と戦後で変わった偉人に対する考え方

:戦前の「修身」の教科書では先ほどの井上伝や田中久重も扱われていました。ほかにも、楠木正成や明治以降の軍人も、偉人のモデルとして挙げられていました。「君たち、こうなりなさい」というモデルが戦前はたくさんいたわけです。

しかし戦後の日本では男の子のモデルになるような存在をあまり教えてこなかった。男性的な偉人を讃えにくいというか、公のために自己を犠牲にした人に対しても、それを「いいことだ」と教えてはいけない雰囲気がある気がします。

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家・作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』(1989年)で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋、1992年)以来、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。主な著書に『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『右の売国、左の亡国』(アスペクト)など。最新刊は『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)(写真:佐藤 健志)

佐藤:英雄の多くは、武人の征服者ですからね。近著『平和主義は貧困への道』で論じましたが、「愛国心」(patriotism)の語源は「父祖の地」を意味するギリシャ語 「patris」です。男性的な偉人にしても、「真の意味で父と呼ばれるにふさわしい人物」と規定できる。平和主義のもと、愛国心を否定した戦後日本で、そんなモデルが出てくるはずはありません。

:例えば日露戦争で活躍した、福岡市出身の明石元二郎という情報将校がいます。

日露戦争の勝利の陰の立役者と言っていい存在ですが、福岡のある市民団体が明石元二郎のお孫さんを招いて講演してもらおうとした際、福岡市の教育委員会に後援を頼んだら、断られてしまった。朝鮮統治で弾圧活動をしたから、「近隣諸国との友好関係を損なう恐れがある」とかいう理由で、公に語ることがタブーのような感じになっている。

同じようなことはほかにもあって、例えば熊本地震の後、「熊本を励ますために大河ドラマで熊本ゆかりの人を取り上げよう」という話があって、熊本の人は加藤清正をかなり推していたのに、なぜか鹿児島の西郷さんになってしまった。

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