一方のこんまりさんの番組は、ただ、家を片づけるだけではなく、それによって、家族との絆や時間、自分らしさを自ら取り戻すという、一種の「精神セラピー治療」的な側面も、人気の一因となっている。そもそも、本屋に行くと「Self-help」(自己啓発)のカテゴリーにおびただしい本が並び、生き方探し、幸せ探しのノウハウを学ぶことに貪欲な国民性だけに、「自己啓発」の一種としての片づけという切り口に新鮮さや斬新さを覚えたとしても不思議はない。
「ショーの視聴者は自分たちも出演者たちと同じようによりよい自分になれると感じ、自信を持つことができる」(ウェブメディアMedium)、「自分たちの家だけでなく、自分たちをも最適化できる。自分をとりまくすべてがときめきを感じさせてくれるような世界を作ることができる」「自分の人生はコントロールすることができるのだという幻想を抱かせてくれる」(Vox)。人が誰しも持っている「変身」欲求を刺激し、誰でも簡単に「変われる」と思わせてくれるということだ。人が自ら動くようにエンパワーし、勇気づけるポジティブさが大きな魅力となっている。
さらに、家やモノと会話をするように、つながり、感謝をする、といった「アニミズム」(自然のすべてに精霊が宿っているとする精霊信仰的な考え方)的な儀礼やZen的なミニマリズムも神秘的と映った。「ときめきを覚えたものを残しておく」というやり方だが、「ときめき」をSpark Joy(喜びに火をともす)といった言葉で置き換え、直感的にポジティブなイメージを想起させる上手な英語のコピーづくりも功を奏している。
このように、シンプルでわかりやすいメソッドに、東洋的な精神性を組み合わせたユニークさが勝利の方程式なのだが、このショーのすごみは何といっても、近藤麻理恵という人の恐るべきコミュ力である。たとえ、このメソッドがどんなに魅力的だったとしても、彼女自身にショーマンシップがなければ、これだけの成功は収められなかったはずである。
「名コーチ」のコミュニケーション手法
英語がそれほど話せるわけではなく、片言でありながら、まさに彼女が乗り移ったかのような同名の通訳との息の合った連係プレーで、まったくハンデなくコミュニケーションが進められていく。小柄で、おとなしそうに見える彼女が、外国人の前でも、セレブの前でも、物おじをせず、堂々と大きな手ぶりを入れながら、理路整然と説明し、場を仕切っていく姿は見事で、彼女の定番の「白色」のトップスと同じく、すがすがしい。
日本人特有の照れ笑いもなく、おもねる感じも媚びる様子もない。いつも笑顔で、一瞬たりとも、眉をひそめ怒ることも、相手をいさめることも、叱ることも、否定することもない。ダメ出しもない。徹頭徹尾、「ポジティブ」なムードを切らすことがなく、根本のルールだけを教えて、あとは、片づける人たちの自主性にゆだねる。彼らに考えさせ、やらせる。つねに彼らのやり方を肯定し、励まし続ける。結果として、その自信を醸成し、自ら行動変容を起こさせるのだ。まさに、「名コーチ」のコミュニケーション手法だ。
こんまりさんは2016年に、生活の拠点を完全にアメリカに移したという。日本での成功に安住せず、国境を超えて、世界に羽ばたくことにまったく躊躇しない潔さと胆力に驚かされる。その力強さの源泉は、自分自身を売り込みたい、というよりも、この人生を変える「魔法」を多くの人に知ってもらい、多くの人の人生をポジティブに変えていきたいという思いだろう。こういった「情熱」に突き動かされる人ほど、肝が据わり、何のてらいも恥じらいもないものだ。
もう1つの魅力は、自分の正しさやよさを徹底的にアピールし、主張し、相手を論破することに重きが置かれる西洋流コミュニケーションスタイルのアンチテーゼのような「謙虚さ」だ。
大坂なおみ選手の礼儀正しさ、控えめで、謙虚なコミュニケーションスタイルが好感されているのも同じ理由だ。「(大坂選手の)すばらしい功績よりさらに輝かしいもの。それは、品格と謙虚さを醸し出す力だ」(Inc)とまさに手放しの称賛を集めている。「こうした謙虚さは、自慢や自己賞賛的行動がよしとされる世界において、なおさら魅力的」(同)というわけだ。
こんまりと大坂選手。強さとつつましやかさの絶妙なバランスこそが、世界をとりこにするまったく新しい女性の魅力なのだろう。
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