それでは、最後に恒例となりました私の野球人生の振り返りの続きです。(前回コラム:『楽天イーグルス草創期に歩んだ初めの一歩』2018年12月26日配信)
2004年に楽天イーグルスが誕生し、秋季キャンプも終了して翌2005年。新球団としての第一歩として1月22日、仙台で出陣式が行われました。
新生・楽天イーグルスは、オフの間に金銭トレードや無償トレード、自由契約選手や新外国人選手の獲得などさまざまな補強を行い、チームとしての輪郭がある程度は出来上がってきていました。
東北のファンからの温かい声援
出陣式当日は仙台市内の市民会館で、チームのお披露目やファンとの交流イベントが行われ、その後、仙台駅前の一番町通りで選手とスタッフによる出陣パレードが行われました。その沿道にはなんと約3万人(!!)もの人々が駆けつけてくれ、非常に盛り上がったのを今でも覚えています。
アーケードの中を歩いて回っていると、沿道にいるファンの方から「頑張ってよ!」「絶対応援するから!」などの温かい激励の言葉をいただき、改めて「楽天に、仙台に来てよかった」と東北のファンの温かさを感じました。
このような仙台でのさまざまなイベントを終え、1月31日、自身のプロ野球人生では初となる沖縄での春季キャンプに備え、久米島入りしました。
到着後、空港内で歓迎セレモニーが行われたのですが、それが終わって空港から外に出たとき、意外と肌寒いな、と思ったのが第一印象。もちろん仙台よりは暖かいのですが、久米島は島なので風が強く、体感気温は南国のイメージにそぐわないほど低いんですよね。
空港から移動してホテル到着後、早速球場で軽く汗を流すことになりました。
が、その球場の施設はそのときは“急造感”がハンパなく(笑)、“本当にここで明日から2週間余りのキャンプ? 大丈夫?”といった状態だったんです。
さらにこの春季キャンプは1・2軍合同でした。よって、かなりの大所帯がこの球場に集中してしまうにもかかわらず、インフラはいわば間に合わせ状態でした。
プロ野球で1軍と2軍がひとつのグラウンドでキャンプを行うことなど、今までやってきて聞いたこともなかったですし、メイン球場ひとつ、サブグラウンドひとつに打撃マシーンのレーンが5カ所くらい、ブルペンも5カ所くらいと選手60人余りが同時に練習できるような環境では、お世辞にもなかったのではないかと思います。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら