「楽天イーグルス」はいかにして誕生したのか

オリックスとの分配ドラフト経た新たな船出

本拠地となる県営宮城球場を視察する当時の東北楽天ゴールデンイーグルスの(手前右から)キーナートGM、田尾監督、礒部選手ら。2004年11月11日(写真:共同通信社)

 皆さんこんにちは、プロ野球解説者の礒部公一です。

シーズンオフ……のはずですが、各球団のイベントやFA移籍等でプロ野球界もまだ話題が尽きません。その中でも大きな出来事といえば、広島カープの丸佳浩選手がFA権を行使し、巨人への移籍を決めたことです。

丸選手といえば、カープの三連覇に大きく貢献し、2年連続でセ・リーグMVPにも選ばれた、球界を代表する選手です。黄金時代に突入したカープに残留すれば、来季以降も優勝争いをする中心選手として活躍することは間違いなかったはず。

そのカープから飛び出し巨人に移籍するということは、普通では考えられないようなことだと、プロ野球を経験した私からしてみても思います。

プロ野球選手ならば、強いチーム・注目度の高いチームでプレーしたい、活躍したい、と望むのが普通。新しい環境に挑戦することを決めた丸選手の決断は、非常に難しいものだったはずです。

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しかし、FA宣言したあとに獲得を表明した球団の中で、最も自分を評価してくれた球団が巨人であり、その球団のために、今の好環境から新しい環境へ挑戦したいと考えた丸選手の決断を応援したいと私は素直に思います。

巨人に限らず、各球団が来季に向けて着々と準備を進めています。まだ2018年も終わっていないというのに、すでに来季の開幕が楽しみで仕方ありません!

楽天イーグルス誕生を振り返る

さて今回はオフシーズン特別企画として、東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生したときの様子を当時の選手目線から熱めにお話をしたいと思います。

前回のコラムでは選手会が日本プロ野球初のストライキを行ったこと、結果12球団の存続と新規参入チームの参加審査を行うという経営者側の譲歩案を勝ち取ったこと、までをお話ししました。今回はその続きを。

2004年9月の団体交渉を行っている時点で、新規参入チームとして名乗りを上げてくれていたのは、株式会社ライブドア(当時)と株式会社楽天の2つでした。同年11月のプロ野球オーナー会議で楽天が新規参入に正式に了承され、実に50年ぶりの新球団誕生に至りました。

ライブドアは、球団の合併問題が勃発し、選手会が今後について話し合いを進めていた中で、いちばん最初に新球団としての参入に手を挙げてくれた会社でした。当時社長を務められていた堀江貴文氏にも数回お会いして話し合いもしました。

実際にはライブドア球団は実現しませんでしたが、あのとき、もしライブドアが手を挙げてくれなければ、結果的に楽天が参入を決めることすらなかったかもしれなかった。そういう意味でも堀江氏には今でも感謝しています。

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