「じゃあうちに遊びに来る?」というEの誘いを受け、3人の住む家を訪れたのは、それから約半月後のことだった。
「快」と「楽」に最適化された家
リビングに足を踏み入れると、真っ先に目に飛び込んできたのは本棚いっぱいに並ぶ漫画本。大きなテレビでは80年代J-POPのミュージックビデオがエンドレスで流れている。
ダイニングテーブルだと思っていた台は、実は全自動の麻雀卓で、ソファに見えたものは寝転がって使えるマッサージチェア。部屋の壁際に設置されたカラーボックスの上には、3リットルは入ろうかという巨大なウイスキーのペットボトルが置かれている。
酔いつぶれたらそのまま眠れるのだろう、部屋の奥にはベッドまで。“た、楽しそう……”というのが私の第一印象だった。これだけ「快」と「楽」に最適化された民家はそうそうない。ましてや、親子の住む家ならなおさらだ。
「こりゃEさんも根を張っちゃうはずですわ」
思わず私が言うと、Eがうなずく。
「まあね〜。ほぼ毎晩ここでYouTube見ながら飲んでるわけよ。本田美奈子はやっぱかわいいわ、なんてどうでもいい話しながら、Mさんとね」
「写真見る?」
そう言いながら、おもむろにスマホの写真を見せてくれたのはこの家の主であるMさん、47歳だ。
「ほら、このEさん、やけにかわいくない? つい撮っちゃったんだよね」
よほど楽しかったのだろう。Mさんは写真を見ながら思い出し笑いをこらえきれないといった様子だ。ちなみにこの日のMさんは、少し前にEからプレゼントされたという、シックな黒いセーターに身を包んでいる。
「Mさんはさ、俺と違って女性にすっごくモテるんだけど、いかんせん服のセンスがダサいんだよね。だから一緒に服を買いに行くの」。手のかかる子どもを前にした母親のような表情のEと、まんざらでもない顔ではにかむM。仲のいいおじさん2人の微笑ましいやりとりを眺める。
MさんはIT系の自営業を営んでいるという。2年半前に妻と離婚し、4人いた子どものうち19歳の長男を引き取り、長女以降3人の娘たちは現在、別れた妻が育てている。
“家庭1つ守れない人間が、会社を維持していけるわけがない”
これが、長きにわたるMさんの信念であった。それだけに、寝耳に水だった妻からの離婚宣告も、Mさんの知らぬ間にその背後で起きていたさまざまな出来事も、Mさんの心に大きな傷を残した。息子と2人で家を出た失意のMさんをなんとか立ち直らせたのは、Eのこんな言葉だった。
「よく考えてみてよ。今までMさんが乗り越えてきたことに比べたら、離婚なんてたいしたことないじゃない」
Eいわく、Mさんは驚くほど人を疑うことをしないのだという。そのせいで、これまでには何度か、身近な人からの大きな裏切りにも遭った。
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