女ならいくらでも手に入るが、一条天皇はやはり定子をあきらめられず、口説き倒してなんと還俗させる。つかの間の尼僧生活に終止符を打つ定子だが、後ろ盾になりそうな男性もおらず、説得力のない出家のせいで陰口をたたかれて、伊周事件以降悪いことばかりが続き、心は決して穏やかではない……。
定子の愛の言葉に返歌がないのはなぜ
そしていよいよフィナーレ。定子の顔に笑顔が戻らぬまま、3人目の子どもを産んでから25歳の若さで命を落とす。彼女の死後、親族が遺品の整理をしていたら見習帳が見つけられ、そこには死ぬ間近に書いたと思われる3首の和歌が記されていた。そのなかで特に泣けてくるのはこの1行――。
悲しみが極まると、血に染まった涙を流すと当時は信じられていた。本気で愛してくれていたのならきっと紅の涙を流してくれるはずという切ない想いを胸に、定子はこの世を去る。
死を目の前にして和歌を3つも思いつくなんて、その心の余裕に拍手喝采。しかし、くしくも、最後に見つかった和歌はもちろん、『栄花物語』に収められているほかの定子の作品もすべて返事がなく、独詠歌ばかりだ。
返歌があってこそ恋愛が成就するという世界観の中、相思相愛の仲であったことの証拠を全部隠蔽されてしまっているようなもの。一条天皇の誓いの言葉はどこかで消え去り、残るのは愛を信じてしまった1人の女性の孤独感と悔しさだけだ。マダム赤染衛門の意地悪さはとどまるところを知らない。
出家宣言を撤回させられるぐらいの情熱を生きることができた彼女ははたして幸せだったのか、それとも不幸だったのか。愛に勝ち抜ける人なんていない、みんなそれぞれ負けてばかり。そして相手がいてもなおいみじう心細し……。
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