「情熱の恋」を貫く人は不幸になりやすいのか 「栄花物語」に見る情熱派vs.戦略派対決

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あはれ、宮はただにもおはしまさざらむに、ものをかく思はせたてまつることと、思しつづけて、涙こぼれさせたまへば、忍びさせたまふ。昔の長恨歌の物語もかやうなることにやと、悲しう思しめさるることかぎりなし。
【イザ流圧倒的意訳】
なんてこと! 定子様が普通の御身ではないのに、そんな苦しい思いをするなんて不憫すぎる!と思い続けて涙を隠すことができない帝であった。昔の長恨歌の物語に語られている苦しみと同じようにかぎりない寂しさに襲われている。

現代人は涙をこぼして、最愛の妻を失った帝の姿に感動するかもしれないが、著者の狙いは別のところにあるように思える。

定子もあかん女だわ

さりげなく引用されている「昔の長恨歌」というのは玄宗皇帝と楊貴妃のラブロマンスをつづった中国の物語を指している。玄宗皇帝が美しい楊貴妃を寵愛しすぎたために安史の乱が起きたとする物語で、『源氏物語』の桐壺の巻にも偏った愛の悪例として言及されている。朝晩、古典を丸暗記して生きていた平安の人たちは、玄宗皇帝と楊貴妃、そして桐壺帝と桐壺の更衣というダブルの悲劇を、一条天皇と定子の姿に重ね合わせたはずだ。

そして、この話を引用することによって、作者が同時代の読者に伝えたかった大事なことが2つ浮上してくる。1つ目は、一条天皇と定子の恋が、玄宗皇帝と楊貴妃、および桐壺帝と桐壺の更衣と同じぐらい行き過ぎた危険なパッションであること。

2つ目は、桐壺や楊貴妃と同じような罪を犯したため、定子もまたすぐにあっけなく命を落とすであろうという予告だ。更衣も楊貴妃も身分が低いのに帝の寵愛を独り占めしてしまったがために宿命の女として非難されているわけだが、定子も同類であかん女だわ、と常識人であるマダム赤染衛門は考えていたのである。

「をかし」の頂点を極めた定子様に対してなんてひどいことを言うの!と驚きを禁じえないが、ライバルの彰子の肩を持っているので仕方ないであろう。これぞ女の政治、ほのめかしの泥沼。

次ページあまりに悲しい定子の最後の和歌
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