突然の発言に面食らっている私のことなどお構いなし、といった調子で、老翁はこうも語った。「インテリジェンス機関による非公然活動・・・そうですね、北朝鮮には例えばサイバー攻撃など仕掛けると有効なのかもしれない」
私は正直唖然とした。北朝鮮をなぜこれから動かさなければならないのか、老翁は全く語らなかった。だがその決然とした語調からは明らかにこのメッセージが単に思い付きなどではなく、米国を動かすエスタブリッシュメントたちの総意であることがうかがわれたのである。
この時、老翁と話した内容についてはその大部分を小著『ジャパン・ラッシュ』の「はじめに」の中で記しておいた。だが、そこで語られた内容のうち、3つのメッセージだけはあえて“その時”が来るまで公表するのを控えてきた経緯がある。その一つがこの北朝鮮に対する、米系インテリジェンス機関による非公然活動の開始なのだ。
2013年の北朝鮮軍事パレードの「衝撃」とは
雨の降りしきる肌寒いワシントンD.C.におけるこの会話の後、私はずっとこのメッセージの真意を探り続けてきた。そしてそれから約1か月が経った11月4日。米国を代表する高等研究機関であるジョンズ・ホプキンス大学米韓研究所(USKI)が運営するサイト「38ノース」が突然、こんな分析記事を掲載したのである。概要はこうだ。
「北朝鮮が2012年に平壌で行った軍事パレードで陳列した“弾道ミサイル”と、今年(2013年)に陳列したそれとの間には明確な違いがあった。その理由を最もシンプルに説明するならば、要するに可動式の発射台による弾道ミサイルを北朝鮮は新たに開発した可能性が高いということになる」
実にさらりと書いてある分析だが、私はかつて我が国の外務省で北朝鮮班長を務めた者としてこれを見て仰天した。なぜならばこれが事実であるなら、北朝鮮の弾道ミサイル発射はかなり巧妙にその直前まで隠ぺいされることになるからである。
北朝鮮はこれまで弾道ミサイルを地下に創り上げたサイト(ミサイル基地)から発射してきた。だが如何に地下とはいえ、発射よりやや前から液体燃料をミサイルに注入しなければならず、そうすると白煙が立ち上ることになる。そのため、必ず事前に発射の兆候を掴むことが出来たのである。
だが「可動式の発射台」となると訳が違う。北朝鮮はこれを好きな時に移動させ、そして好きな時に発射することが可能になってくるのである。人工衛星を使ってウォッチする方は正に神出鬼没の「可動式ミサイル」に翻弄され、当然、発射の兆候をつかむことも難しいのだ。――私はこの分析記事を読んでなぜ米国がこのタイミングであえてこのことを公言するのかが、気になって仕方がなかった。
この謎が私の頭の中で氷解したのは、11月24日(日本時間)であった。この日、スイス・ジュネーヴで4日間にわたり行われてきたイランの核問題に関する7か国協議がようやく最初の合意に到達。イランによる核開発が事実上、米国などによって認められることが決まったのである。
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