日本企業は、なぜ「社員のお墓」を作るのか

「企業墓」に眠る高度経済成長の戦死者たち

ちなみにこのような企業墓は比叡山にもある。こちらは高野山よりも少ない30基ほどだ。「日本の総菩提寺」の呼び名もある高野山に対し、比叡山はあくまで仏教の学舎を志向しているためだが、それでも佐川急便や丸大食品といったそうそうたる企業が名を連ねる。

ところで「企業墓」とはいったいなんだろうか。なぜ企業は墓をつくるのか。ありがちな説明としては、古くからの家父長制が会社形式になっても残り、企業がひとつの家のように進化した、といったストーリーが成り立ちそうだが、著者はこうした見立てを否定する。日本的経営の象徴とされる終身雇用と年功序列はそもそも創設当時の日本企業にはなかった。資本主義の黎明期に幅をきかせていたのは血も涙もない実力主義で、労働市場の流動性も高かった(それは反面、労働者の権利が確立されていなかったということでもある)。

企業はひとつの家、運命共同体?

著者が調べた範囲では、日本でもっとも古い企業墓は、荒川区西日暮里の日蓮宗寺院・本行寺にある「伊勢丹社員之墓」だという。すぐ隣には創業家の名前を冠した「小菅家忠勤者之墓」と記された暮石もある(「忠勤者」という表現がスゴイ)。造立は1918年。大正時代である。「サラリーマン」という和製英語が使われ始めたのが大正時代半ばだから、この頃から家長(経営者)とその子ども(社員)という構図が出来始めたのかもしれない。企業はひとつの家、運命共同体というわけだ。

やがて労働組合運動の高まりに対抗して、戦時下に労使一体の生産活動を推進する目的で「産業報国会運動」が展開された。「企業=家」という構図はますます強化されていく。戦後もこの体制は温存され、良くも悪くも日本の高度経済成長を支えることになった。

企業墓もこうした流れを反映しているようだ。高野山でも奥之院には戦前造立組の墓所が集まっているが、戦後に開設された墓地エリアには、日産自動車やシャープなどかつての日本経済を牽引した産業分野の企業墓が並ぶ。平成になって開設されたエリアにも新しく建てられたものがあるというから、相も変わらず企業墓の需要はあるのだ。

ここで不思議に思う人もいるかもしれない。企業墓はいったいなにを祀っているのか。つまり「お墓の中身」はなにか。

ほとんどの企業墓には「遺骨」は納められていない。つまり慰霊や供養の象徴として建てられたものだ。ただ、供養や慰霊となると関係者すべてが対象になるわけで(「霊の合祀」)、個人の「信教の自由」との兼ね合いの問題が出てくる。著者が取材したところ、さすがに合祀を会社の規則にまでしているような企業はなかったそうだが、その一方で、いまでも職場の朝礼で社訓などを唱和したり、仕事はじめに神社に集団参拝したりするような企業は存在する。そうした姿は、まるで何かを信仰する集団のようだ。

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