迫り来る“鉄冷え”の足音、資源メジャー合併頓挫も喜べず

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 鉄鋼業界を震え上がらせた資源メジャーの合併構想が頓挫した。

さる11月25日、豪英系資源大手のBHPビリトンは、同業のリオ・ティント買収を断念すると発表。買収計画が表面化したのは昨年11月で、中国の需要増で空前の資源ブームに沸く中、BHPはリオを取り込み鉄鉱石や原料炭の生産能力拡大を狙った。両社が統合すれば、鉄鉱石の海上輸送量で4割弱を握り、ブラジルのヴァーレと2社で約8割という寡占状態になる。日本鉄鋼連盟の馬田一会長(当時)は「公正に価格形成されないおそれがある」と危機感を募らせていた。

結局、世界経済の失速で鉄鋼需要も急速に減退。牽引役だった中国でも、10月の鋼材生産は前年同期比12・4%減で、3カ月連続の前年割れとなった。鉄鉱石もダブつき始め、スポット価格は今年2月のピーク時(約200ドル)から10月末時点で65%も下落している。価格維持のため、リオは鉄鉱石の1割減産を表明した。一方、買収を提案したBHPの株価も、5月ピーク時の4割まで下落し、株式市場からの期待もすっかり冷めていた。

また、リオは07年のアルミ大手買収で巨額の負債を抱えており「債務問題が世界的な金融収縮でクローズアップされたことも買収断念の一因になった」(M&Aに詳しい豪州クレイトン・ユッツ法律事務所の加納寛之弁護士)。BHPのマリウス・クロッパーズCEOは「リオ買収で負債が増加することと、(独禁法による)資産売却の困難さで、株主価値に対するリスクが許容範囲をこえかねない」とコメントしている。

視界不良の減産対応

この幕切れに日本の鉄鋼業界では「買収を実質的に断念したことを歓迎する」(鉄鋼連盟会長を務める新日本製鉄の宗岡正二社長)と喜びの声が上がる。だがこれで一安心とはいかない。世界的な鉄鋼需要低迷の影響は免れないからだ。

BHPが買収撤回を表明する数時間前、新日鉄の宗岡社長は、今年度の減産幅が200万トン強に拡大することを明らかにした。10月末に100万トンの減産を発表してから、1カ月足らずで減産幅を倍増させた格好だ。JFEスチールも当初の50万トンから150万トンへ減産幅を拡大。「取引先からは週を追うごとに、悪い(注文の)数字が上がってくる」と、高炉メーカー幹部は、底の見えない需要減退に不安をあらわにする。

鉄鉱石と原料炭は年度ごとの価格改定のため、現在でも高値水準は変わらない。一部製品については10月に価格を引き上げたばかりだ。

しかし最大規模の需要家である自動車業界の落ち込みぶりは甚大で、減産が追いつかなくなれば、価格を維持することも困難になる。

急激な実需の冷え込みは、川上との価格交渉にも異変を招いている。「山元(資源会社)が原料価格交渉のスケジュールを言ってこない。いつもならプレトーク(事前交渉)をしている時期なのだが……」(高炉メーカー幹部)。価格交渉は通常なら11月に交渉が始まるが、今年はそのメドすら立っていないという。需要見通しが立たない中、資源会社は様子見を決め込んでいるようだ。

近年、価格交渉で資源会社に押されてきた鉄鋼メーカーにとっては値下げを求める好機となる。だが、そうした構図は原料交渉と前後して行われる需要家の価格交渉へと引き継がれる。「市況品はしっかりと市況に応じた価格に。大物の鋼材も立ち止まって考えるべき」(トヨタ自動車の木下光男副社長)。原料上昇を理由に鋼材値上げを推し進めてきただけに、需要家の値下げ要求が激化することは必至だ。

鉄鋼メーカーは資源急騰に悲鳴を上げてきたものの、ふたを開けてみると極めて高水準の収益を確保している。以前は「鉄鋼需要は強い。原料上昇分を値上げできれば問題ない」(高炉幹部)と言ったが、局面は完全に変わった。追加減産に値下げ圧力。鉄鋼業界は次なる苦境に直面している。

(山田雄大、猪澤顕明 =週刊東洋経済)

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