クローン病の症状には個人差がある。
ワタルさんの場合は、40度近い熱や腹痛、嘔吐、下血、貧血などに見舞われる。トイレは1日10回以上。肉類や脂質を避けるなど普段からの食事制限も欠かせない。1年に1回は入院が必要で、すでに人工肛門を造設、腸管の一部を切除する手術を受けた。ただ、寛解期には、支障なく、普通に働くことができるという。
病気が再燃するたびに退職を余儀なくされてきた
ゴールのない闘病生活は過酷だが、だが、それ以上にワタルさんが不満に思っていることは、これまで、どこに勤めても、病気が再燃するたびに退職を余儀なくされてきたことだ。
高校を卒業後、いったんは正社員として自動車工場に就職した。しかし、働き始めてから数週間経ったころに体調が悪化。休憩時間内にトイレを済ませることができなくなったほか、立ち作業をしていると貧血でふらつくようになった。
やむをえず会社を休み、自宅にいたとき、人事担当者から電話があり、こう言われた。
「申し訳ないんだけど、採用から3カ月は試用期間なので。辞表を書いていただけますか」
結局1カ月足らずで退職。ワタルさんは求められるままに辞表を書きながらも、心の中では「こんなに簡単にクビになるなんて」と納得できなかったという。
会社側、働き手側ともに誤解されがちなことだが、長期雇用を前提とした試用期間は、単なる“お試し期間”ではない。たとえ試用期間であっても、「社会通念上合理的な理由」がなければ、解雇はできない。
ワタルさんは退職勧奨に応じた形なので、正確には解雇ではない。ただ、激しい腹痛にさいなまれる中で、上司の提案を拒むことは難しかった。彼にとって、会社側の振る舞いは、事実上のクビ宣告だったろう。
一般的に、病気のせいで業務に耐えられないと会社が判断した場合、解雇できるケースもある。ただ、その場合も、会社側はできるかぎり、復職の道を探るべきだし、少なくとも就業規則に解雇事由を明記し、解雇予告など手続きを経なくてはならない。
厚生労働省が策定するガイドラインも、がんや難病などの疾病を抱えた労働者が働き続けることを前提としている。失業が働き手にとって死活問題である以上、企業側も相応の責任を果たすのは当然のことだ。採用から1カ月足らずの退職勧奨は、十分な配慮がなされたとは言いがたい。
「当時は就職氷河期で、正社員の仕事を新たに見つけるのは難しいとわかっていたので、できれば辞表は書きたくなかった」
ワタルさんの予想どおり、その後の就職活動は難航した。さらに、何とか仕事を見つけても、体調が悪化するたびに退職を促された。これまで10回以上、転職を繰り返した。いずれも数カ月から1年契約の非正規雇用で、勤続期間は1~3年ほど。「面接だけで何百回。履歴書を出した数は、もう数えきれません」という。
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