「戦略を持たない」戦略に現実味がある理由 「経営戦略論は役に立つのか」対談:後編
琴坂:高度成長期の食品飲料とモバイルインターネット、かけ離れているように見える2つの世界にも、共通項はたくさんあります。無数の事例を日々丹念に読み解いていれば、まったく違う産業、まったく違うロジックでも、そういう共通点が見えてくるはずです。これは理論に関しても同様です。
私がこの本で目指していたのは、多種多様な理論体系に共通する要素、たとえば、前後の理論との関係であったり、その当時の経営環境との密接な関係について理解し、パターンを少しでもつかんでもらうことでした。
尾原:受験勉強のときと同じ感覚ですね。私にとって、物理の勉強がそうでした。100時間くらいひたすら解いていくと、問題を見た瞬間に「これはあの法則を使えばいい」と見て取れるようになる。それで物理がすごく楽しくなって、点数が上がっていきました。ディープラーニングと同じで、ひたすら物理の問題を体の中に入れていくと、どの公式に特徴が抽出されるのかというパターンができるのです。
だから、この本を読み込んで、ひたすら自分の頭の中に入れていくのはお勧めです。そうやって、ディープラーニングで特徴抽出するための素地を作っておけば、「このシチュエーションではこの経営戦略が成り立ちやすい」とわかるようになるはずです。
モヤモヤ感が新たな出発点となる
琴坂:私がこの本の中であえて試みたのが、全部読み終わったあとにモヤモヤ感が残ること。なぜかというと、答えの具材になる事実、理論、体系をひたすら紹介するけれども、「この戦略がいちばんだ」というような答えは一切ないからです。
「ここでは、これをすれば大丈夫だ」と言いきれるほど、世の中は甘くありません。それよりも、最後に自分が意思決定するときに必要なファウンデーションを意識しました。読んだ後に苦悩しながら、自分の中に生まれてくるものの大きさを広げるための本と言えるので、絶えず考えている人にはすごく刺さるはずです。「なるほど、自分はこういう拡張ができるんだ」と。
先日も読書会を開き、100人近く来てくれましたが、みんなずっと考え続けて「わからない、わからない」という中で、これを使って体系化しようとしていました。
その意味で言うと、この本でとどまってほしくない。尾原さんがされているように、辞書や入り口として使って、その先の世界に向かってほしいと思います。この本の中に紹介されていることをすべて見れば、人工知能は将来的にどうなるか、これから何が起こるかはわからなくても、今わかっている世界に存在する答えの入り口は全部用意してありますから。