「戦略を持たない」戦略に現実味がある理由 「経営戦略論は役に立つのか」対談:後編
尾原:私はこの前、仮想通貨の講義したのですが、仮想通貨を考えるときにいちばんベンチマークになるのが鉄道の歴史です。インターネットはコピー可能な情報財の流通革命であるのに対し、ブロックチェーンはコピーを許さない希少財のデータ流通を可能にします。そして、希少財が流通可能になって世界が変わった例が、鉄道なのです。さらに言うと、鉄道によって金融機関であるモルガン・スタンレーが生まれました。
鉄道が現れた当初、大きな初期投資とオペレーション・マネジメントが必要でした。このため鉄道会社は大赤字で、各地で不良債権化しまくっていました。
それをモルガンが買いたたき、集めて、規模の経済を働かせて、プラスアルファで鉄道を造っていく。そして、鉄道によって希少財が高速で移動できるようになったから、物流による価値の差でビジネスにするだけでなく、先物取引でも儲けたのです。
したがって、AIとブロックチェーンでいちばん考えなくてはならないのが、モルガン化すること。どのビジネスがどういう競合プレーヤーの中で寡占の構造を創っていったかを見ることが大切です。
琴坂:歴史から学ぶ、その価値はいつの時代も色あせないと思います。人類の歴史の中で蓄積されてきた経験と知見を、新しい世代が十分に理解できない。それが原因となり、「歴史は繰り返す」ということが高頻度で発生しています。
技術進化がレバーになって、ある産業で変化が起こる。ただし、そのパターンは一定の類型化ができるがゆえに、多くの場合は実はリファレンスモデルを見いだすことができる。不確実性が高い変化に直面するとしても、そうしたリファレンスモデルを吟味すれば、ある程度の答えはすでにあるわけです。
アブダクションで抽象化と具体化を行き来する
尾原:鉄道と同じように、労働集約型で非効率だったビジネスがAIによって自動化されると、圧倒的に収益性が高まることもあります。だから今、営業利益率が労働集約型で低いビジネスであればあるほど、ものすごい高付加価値ビジネスに変わる瞬間があるかもしれないのです。
さらに、そこの中でどうやって独占の構図を作るか。独占状態を活用してフィンテックで儲けるというように、ビジネスが2階建て、3階建てになり、実は3階建ての部分がいちばん儲かることもあります。それがすでに鉄道で起こったことなのです。2手先、3手先を見通すという意味においても、歴史をより深い形で俯瞰しながら、今はここが違うから修正しようと考えることがすごく大事になります。
そういう時代の中で重要になってくる能力が「アブダクション(仮説的推論)」だと思います。これは抽象化と具体化を往復する能力です。帰納法で考えつつ、1つの原理を小さく演繹的に作って、そこからまた別の事実があるだろうと見ていくと、「これはずれている」と気づき、また別の演繹を生んでいく作業を繰り返していく。
今までは、勝ちパターンが少ない時代だったので、1個の演繹法的な原理原則がわかれば勝てたのですが、今は、相手もどんどん学習し、環境もどんどん変わっていくから、アブダクションが必要になるのです。