「戦略を持たない」戦略に現実味がある理由 「経営戦略論は役に立つのか」対談:後編
琴坂:アブダクションの背景には、いろいろな知識のプールがないといけませんね。絶えずそれを抽象化していく作業には、必要なリファレンスをためておかないとできませんから。
尾原:特に今は、インターネットによって経営がカンブリア爆発しているタイミングです。だからこそ、進化の原理パターンを追体験することがすごく大事ですね。
琴坂:おそらくこの本を読まなくても、スタートアップの方々なら数十億円の事業は作れるはずだし、大企業の方でも部長までは昇進すると思うのですが、売り上げ1000億円を超える事業にしたり、もっと上の職位に進もうとするときには、より深い知識のプールが必要だと考えています。
数千億を超える事業を担う第一線の経営者にお会いすると、驚くほどの知見をお持ちです。著作からの学びのみならず、自身の経験やネットワークを再訪することも含めて、意思決定のベースラインとなる知見の引き出しを絶えず深耕していく癖が必要と思います。
この本は『経営戦略原論』というタイトルですが、正確には、「経営戦略原論入門」だと思っています。この本こそが入り口で、その先に広がる原論の世界を紹介するという感覚です。そういう意識で本書を吟味いただければ、とてもうれしく思います。
これからの時代、経営戦略は不要になるのか?
尾原:ところで最近、戦略を決めずにとにかく逃げ続けると、逃げた先のほうがどんどん変化していくので、そこに対応していくと、結果的に勝つという「エマージェント・ストラテジー」のような話があります。それから、あえて戦略を考えずに、自分の手のひらの中にあるいちばんの強みから始めて、許容できる範囲内で失敗しまくると、何らかの連鎖が起こり始めるので、それを楽しめばいいという「エフェクチュエーション」という考え方もあります。こうしたものについては、どうお考えですか。
琴坂:こうしたアプローチがそもそも登場した経緯はというと、まず、アドバンテージは持続しないという議論がありました。その後に、ケイパビリティですら絶えず変質するという話になり、そこから、ストラテジーを決めること自体に意味がないとなったのです。そこで、エフェクチュエーションの立場をとる人たちが「とりあえず頑張ってやるしかない」となり、さらに出てきたのが、組織論の概念を応用して、その試行錯誤のプロセスの場を設定するのがいいという議論でした。
私が仲間の研究者と探究しているのは、そのエフェクチュエーションと表現された何らかの連鎖をどのようにすれば人為的に操作できるかという議論です。伝統的な経営管理の方法論は役に立ちません。しかし、創発性を担保しつつも、しかし一定の方向に組織内の個人の意思決定の方向性を無意識レベルから誘導することはできるはずです。これはまさに、経営戦略の研究の最先端であると思いますし、私自身も注力している領域です。