「戦略を持たない」戦略に現実味がある理由 「経営戦略論は役に立つのか」対談:後編

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尾原:エフェクチュエーションについて僕がいいと思うのは、変化する状況の中では、ゴールも変化するし、それ以上にミーニング(意味合い)が変化するという言い方をしているところです。

ミーニングはミッションに近い話で、自分がそのビジネスをするのはお金のためなのか。そうではなく、人生の中で自分が役に立っていることなのか。自分なりの意味合いを感じられればいいのだと。そこで戦略を決めずに、ビジネスをどんどんアップデートしていくと、自分のミーニングもアップデートされて、結果的に自分が本当に行きたい地点に到達すれば、そこでOKだと考えるのです。

AI時代の勝ちパターンと経営課題

琴坂:そのとおりです。ただ、そのプロセスを自然に任せる組織と、そうではなく、一定程度操作し、それを意図的に自社にとって有利な方向性に誘導できる組織が存在するとすれば、両者の間には明確なパフォーマンスの差異が生まれるはずです。そのために、組織として、各個人に一定のフリーダムを残しながらも、人々の行動を統制しなくてはならないので、ある意味、宗教に近い要素も活用できます。

『どこでも誰とでも働ける』(尾原和啓著/ダイヤモンド社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

中の人間は「私たちは自由だ」と行動しているけれども、「見えない境界線」が存在する状況が作り出されており、ある一定の方向性の中でゆらゆら動きながら、ランダムに戦略を作っているように見えて、実は一定の意図に即した戦略行動がとられている状況が理想です。ランダムネスを担保しながら、それを一定の中に収束するところがいちばん強いのではないかと考えてしまう。こうした議論は、最近は経営学の研究者の集まりでも議論され始めています。

しかし、それを理論化するのが非常に難しい。どうやったら分析や実証ができるのか、まったくわかりません。多数の人間による多数の行動のフワフワとしたものをそのまま統制するという話もあるし、コンピューティングを活用して意思決定するのかもしれませんが、それには高度なサイエンスが求められます。

人間がトラディショナルなコンピューティング能力をやっていた時代は、たとえばシナリオ分析をするにせよ、人間が扱えるのは最大でも7つのシナリオ程度で、その後のアクションも3パターンくらいでした。しかしそこに、人間ではない存在が出てくると、戦略の進化がより高度に複雑化します。

これまでと同様に、私たちが現実に直面している現代の競争環境を前提として、今現在も新たな経営理論が作り出されています。私自身も、この時代に生きる研究者の端くれとして、まだまだ考えはまとまりきっていませんが、日々この時代、次の時代に求められる経営戦略とは何かを探究する毎日です。

尾原:経営というものがステークホルダーを前提として動く以上、株主や従業員の理解の壁が制約条件になるのかもしれません。その一方で、コンピューティングの力が上がることで、理解の壁を越えたところに新しい揺らぎができる。その境界線を取り払うことが、たぶん次の経営で求められることなのでしょうね。

琴坂:そう思います。その次の経営で求められる経営戦略の答えを作り出していくのは、確かに過去の知見や理論を参照するとはいえ、私たち自身の日々の実践と研鑽だと思います。

(構成:渡部典子)

琴坂 将広 慶應義塾大学総合政策学部准教授

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ことさか まさひろ / Masahiro Kotosaka

慶應義塾大学環境情報学部卒業。博士(経営学・オックスフォード大学)。小売り・ITの領域における3社の起業を経験後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に勤務。同社退職後、オックスフォード大学サイードビジネススクール、立命館大学経営学部を経て、2016年より現職。上場企業を含む数社の社外役員および顧問、仏EHESSのアソシエイト・フェローを兼務。専門は国際経営と経営戦略。

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尾原 和啓 ITエバンジェリスト

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おばら かずひろ / Kazuhiro Obara

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『モチベーション革命』『アフターデジタル』(共著)、『ザ・プラットフォーム』『どこでも誰とでも働ける』『IT ビジネスの原理』などがある。

 

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