45歳で復活した男が見せたボクシングの本質 沢木耕太郎「拳の記憶」より

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3 ✎ 4 ✎ 5
拡大
縮小

フォアマンは、その試合で、完璧な「物語」を見せてくれただけでなく、かつての名トレーナー、エディ・タウンゼントが口にしていた、ボクシングのもうひとつの本質をも示してくれたのだ。

エディ・タウンゼントは、ボクシングとは何かという私の問いに対して、「スタンド・アンド・ファイトだ」と答えた。踏みとどまって戦うことだ、と。フォアマンは、まさに、踏みとどまって戦うことで、ボクシングとは何かということを、私たちに示してくれたのだ。

拳は単に記憶だけではなく、夢でもある

だが、残念なことに、それ以後、私は私の心を熱くしてくれるようなボクシングの試合に遭遇していない。大和武士が不本意なかたちでリングを去ってからというもの、前のめりになるような姿勢でボクシングを見ることがなくなってしまった。

しかし、6年前、カシアス内藤が末期ガンの宣告を受けたことを契機にして、私たちが多くの人の助けを借りて作ることのできたボクシング・ジムから、ようやく有望なボクサーが誕生しはじめた。

『銀河を渡る』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

とりわけ、去年の12月に全日本の新人王に輝いた林欽貴と、内藤の長男で高校三冠に輝いた内藤律樹の2人が、もしかしたら、私たちの夢を叶えてくれる存在になってくれるかもしれない。私たちの夢、それは内藤のジムを作るために1万円ずつ寄付してくれた多くの人たちを、ジムにとって初めてのタイトルマッチに招待するという夢だ。

それを叶えてくれるのは、林欽貴の右の拳か、内藤律樹の左の拳か。もちろん、夢は夢で終わるかもしれない。

しかし、少なくとも、いまの私には、「拳」は単に「記憶」だけでなく、「未来」への夢をはらんだものとしても存在しているのだ。多くの現役ボクサーと同じく、あるいは彼らを熱い視線で見つめている多くのボクシング・ファンと同じく。

(2011年5月)

沢木 耕太郎 作家

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

さわき こうたろう / Kotaro Sawaki

1947年東京生れ。横浜国立大学卒業。ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。79年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、82年『一瞬の夏』で新田次郎文学賞を受賞。その後も『深夜特急』『檀』など今も読み継がれる名作を発表し、2006年『凍』で講談社ノンフィクション賞、13年『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞、23年『天路の旅人』で読売文学賞を受賞する。長編小説『波の音が消えるまで』『春に散る』、国内旅エッセイ集『旅のつばくろ』『飛び立つ季節 旅のつばくろ』など著書多数。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT