アリババ馬雲氏「引退宣言」は用意周到だった 突然の発表の裏にある「事業承継計画」

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馬氏は「アリババグループを102年間続く企業にする」と繰り返し訴え続けてきた。1999年の創業から2101年まで、すなわち3世紀にわたり存続する企業にしたいという意味だ。社会の変化が激しい中国には老舗がほとんどなく、企業の存続は決してたやすいことではない。そのために必要なのは事業継承だ。

これはアリババグループだけの課題ではない。中国で初めて民間企業の設立が認められたのは1984年。ほとんどの会社はまだ創業者が経営しているが、年齢的に交代のタイミングを迎えている。なにせ中国は人治の国、コネの国だ。人が変わればすべてが変わる。トップの交代が与える影響は他国の比ではない。いかにスムースに事業継承を行うかは中国全体にとっても大きな課題だ。

「アリババパートナーシップ」の存在

馬氏は引退発表の書簡において「10年前から真剣に準備を進めてきた」と記している。その言葉は嘘ではないだろう。事業継承において重要な役割を満たすアリババパートナーシップが設立されたのは2009年のことだ。

アリババパートナーシップのメンバーは経営陣、幹部、関連会社のトップから選出される。最低でも5年以上アリババグループで働き、企業文化を色濃く引き継いだ人物でなければ加盟は認められない。現在のメンバーは36人。アリババグループの規定では取締役会の過半数はアリババパートナーシップによって選出される。馬氏は生涯メンバーだ。来年の会長退任、再来年の取締役退任後も影響力は残ることになる。馬氏はこのパートナーシップ制度を使って、自らの影響力を残し、アリババの企業文化を保持する考えだ。

事業継承を成功させるため、早い段階から手を打ってきた馬氏だが、果たして思惑通りに運ぶのかは未知数だ。中国は変化の激しい国だ。盤石に見えた企業が瞬く間に失墜することもありうる。その好例が大連ワンダグループだろう。ハリウッドの映画王・王健林氏率いる同社は、中国当局に債務縮小を求められて事業の切り売りを余儀なくされた。たった1年で別物の会社になってしまった。

アリババグループとて安泰ではない。モバイル決済ではテンセントのウィーチャットペイが激しい伸びを見せる。本業のECではテンセントと手を組んだJDドットコムが追い上げている。巨額買収で傘下に収めた出前サービスの餓了么(ウーラマ)は、ライバルの美団点評との争いで苦戦している。

後継者となる張勇(ダニエル・チャン)氏は3年前からCEOを勤めており、その手腕は確かなもの。それでも不安が残るのは確かだ。「アリババは大丈夫なのか?」今、中国中のメディア、企業が注目している。事業継承の成功、この難題こそが馬氏にとっての最後にして最大のチャレンジと言えるだろう。

高口 康太 ジャーナリスト

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たかぐち・こうた / Kota Takaguchi

ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を続けている。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『中国「コロナ封じ」の虚実』(中公新書ラクレ)。

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