最悪の状況から「最高の音楽」が生まれた神秘 キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」

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とにかく、ケルンには到着です。ホテルにチェックインし、会場の下見に赴きます。ケルン・オペラ・ハウスです。早速ピアノをチェックします。ところが、重大なトラブル発生です。

そもそも演奏家にとって楽器は生命の次に大切なものです。好みの音、こだわりの音があります。ヴァイオリンやギターやトランペットならば丁寧にメンテされている自分の楽器を持参します。しかし、ピアニストの場合はコンサート会場にあるピアノを使用するのが普通です(トリビアですが、ホロヴィッツが1986年、モスクワで行った60年振りの里帰りコンサートの時は、ニューヨークから愛用のスタインウェイを空輸してましたが、これは極めて例外的です)。

ですから、キース・ジャレットも当然ながら適切なピアノの手配を依頼していました。ドイツの銘器ベーゼンドルファーのモデル290インペリアル・コンサート・グランドピアノ、のはずでした。しかし、実際にあったのは、随分小さめのリハーサル用のグランドピアノ。しかも、きちんと調律されてないものでした。

創造の神秘

規律の厳格なドイツのれっきとしたオペラハウスです。しかも、この夜の公演は実況録音する予定で準備されていたのがわかっていながら、なぜこうも杜撰(ずさん)だったのか謎です。

キース・ジャレット側は、別のピアノを準備できないのか善後策を練りますが、時間も限られていました。運搬用のトラックも引き上げていました。会場では、既にオペラ公演が始まっていました。キースの公演は、オペラ終了後の深夜に行われる段取りでした。ゆえに、その時に対処できたのはこのピアノを調律することだけでした。

音程はなんとかなりましたが、音質はどうしようもありません。「ハープシコードの極めてまずいコピーか、ピアノの中に留め金でも入っているみたいな音がした」とキース自身が不満を述べています。

またまたトリビアですが、クラシック界の巨匠アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリは、ピアノの状態が悪いという理由で公演をドタキャンしたこともありました。音楽家としての良心だとの主張だったようです。

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