彼女たちは揃いのユニフォームを着ているが、キャップにはそれぞれ異なる花飾りをつけている。覚えてもらうためだ。
うまくいけば、初めてビールを買ってくれたお客さんが次には「顧客さん」になる。彼女たちは、コスチュームと、笑顔と、コミュニケーションで、いかに覚えてもらうか、も競っているのだ。
売り子の責任者である前述のサントリーの小澤専任部長は、「ビールの売り子と言えば、ちゃらちゃらした世界だと思われがちですが、彼女たちは、体力的にも、精神的にもすごい仕事をしています。悔しかったら泣くし、ライバルに勝つために真剣にやっている。華やかさだけではないですね。この仕事をやり通せたら、どこの会社でも務まりますよ」
高尾さんは、「やはり普通のバイトでは味わえない達成感、やりがいがあります。もともと芸能の仕事がしたかったのですが、このバイトをして周りが見えるようになりました」と笑顔で話す。
「2年生なので、就活はまだです。明確な目標はありませんが、この仕事で学んだことを活かせる仕事がしたい」(海津さん)
「内定をいただきました。ビールの売り子を2年やっていました、というと、面接官の方々の態度が変わりました。
自分の学生生活で一番大きかったのは、売り子の経験です」(湯本さん)
「缶ビールなら250円も出せば買えるじゃない、それをカップ1杯800円も出すなんて!」筆者は常々、妻からそう言われるが、この価格には彼女たちの「気持ち」も含まれているのだ。
おじさんは、球場で漫然とビールを飲むのではなく、カップに注いでもらう瞬間から、もう少し心して飲むべきかもしれない。
いざ、出陣!
東京ドームの各ゲートが開くと、お客さんが続々と詰めかける。
午後5時にはバックヤードの入り口に4社の売り子が整列する。4社は、同じタイミングで販売をスタートするのだ。こうしたマネジメントは、4社の担当者が1年ごとに持ち回りで行う。
「行ってらっしゃい」の声がかかると、売り子たちが満面の笑顔とともに隊列を組んで通路へと出ていく。
「出陣」だ。
これと同時にバックヤードの奥にある「基地」では、基地チェッカーたちがステンレスの台の前に待機する。10リットルのタンクは、カップにして24杯。
入場直後の観客は「まずはビール」を求め、売り子の姿を求めて場内を見回す。次々とビールが売れていく。スタートダッシュがかかる。
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