データですべてわかると盲信する「バカの壁」 養老孟司×新井紀子「バカの壁」対談<中>

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新井:インターネットにずっと接続していてテキスト(文字)だけでやり取りするとか、そんなの、人間が何万年も生きてきて初めてのことですよね。よく耐えられるなと思うんですけど。

人はバーチャルで生きていけるか

養老:人間ってちょっと変わった生き物で、バーチャルで生きていけるんですよ。いわゆる現実から離陸しちゃっても。だから、多分、平気だと思いますよ。もともと、そうでしたから。

新井:平気なんですか?

養老:だって、かなり前からそうですよ。制度とか肩書とかみんなバーチャルです。頭の中にしかありませんから。

新井:でも、やっぱり無理しているところはありませんか。スマートフォンだけを見てるって、生き物としておかしくないですか。こんな小さな画面だけで世界を見てるなんておかしいです。タップしたりスワイプして画面が変わったら頭が切り替わってしまいます。リンクをクリックして別のところへ行ったら、前に何を見ていたかなんてだいたいわからなくなってしまいます。

そんなことをしていると、ホリスティックに世界を理解することなんかできるはずがなくて、スマートフォンの小さな画面の中だけでいつもなんかぶつぶつつぶやいているっていう世界になってしまっています。ホリスティックに他者を理解していれば、「あ、あいつって、こういう奴だよね」「変なこと言ってたけど、あいつのことだから、こんなこと言うときもあるよな」みたいに、ちょっとした行き違いがあっても、許し合えたりわかり合えたりできます。ホリスティックな理解が信頼関係を支えているからです。それがなくなると、テキストのここの部分がけしからんとか、傷付けられたとか、そういう話になってしまうので、すごく貧しいと思うんです。

直接ひざを突き合わせるとか、他者の全体像を知るとか、そういうことを抜きに、スマートフォンのタップとスワイプだけで理解しようとすると、非常に浅く、そして先鋭化して、対立が起こりやすくなって、それこそ、いい感じの落としどころが探れなくなっていくんじゃないかなと思うんです。

人間というのは、他者との信頼関係がないと息苦しくなるのだと思います。コミュニティの中にいないと生きていけない。それがお互いさまということだと思うんです。でも、今は、宇宙の中にたった1人でポツンといるみたいな感じになっている人が多くて、お互いさまじゃなくなっている。そういう感じがします。

後編は7月13日掲載予定

(構成:岩本 宣明)

養老 孟司 解剖学者

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ようろう たけし / Takeshi Youro

1937年鎌倉市生まれ。東京大学医学部を卒業後、解剖学教室に入る。東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程を修了。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。東京大学名誉教授。『からだの見方』(筑摩書房、1988年)『唯脳論』(青土社、1989年)など著書多数。最新刊は『ものがわかるということ』(祥伝社、2023年)

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新井 紀子 数学者

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あらい のりこ / Noriko Arai

国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。
東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。主著に『数学は言葉』(東京図書)、『ロボットは東大に入れるか』(新曜社)、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)などがある。

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