データですべてわかると盲信する「バカの壁」 養老孟司×新井紀子「バカの壁」対談<中>
養老:利口な患者さんはね、薬を飲まないんです。大変な病気をしたおばあちゃんのベッドを掃除したら、それまで出してた薬が全部出てきたって話がありますよ。ぼくも薬は飲みません。「血圧は?」って聞かれるから、「ありません」って答えます。「測ったことありません」の省略です。
電気を消すオウム
新井:先ほど、アメリカでAIを犯罪捜査や裁判で使っているという話をしましたけど、アメリカって、どうしてそうなっちゃうんでしょうか。
養老:それぞれの社会は履歴を持っていますね。歴史です。その中で、暗黙の裡にほどほどに落としどころを見つけるのが伝統的な社会だと思います。アメリカはその点ちょっと若い社会で、やることが乱暴ですね。それを伝統的な社会の日本が手本にしているという変なことになっていますね。
新井:日本は、どうしてそれを手本にするんでしょうか。
養老:1つは敗戦でしょうね。それから、もう1つは、アメリカ流のいいところもあって、新しいものがどんどん出てくる。AIもそうですよね。
新井:この間、とっても面白いビデオを見ました。アレクサっていうAIスピーカーがあるんですけど、「電気つけて」とか、「新井さんに明日の待ち合わせ8時に変更してくださいってメールしといて」とか話しかけるとやってくれるっていう。そしたら、オウムを飼ってる家があって、そのビデオですけど、オウムがまねして「アレクサ、電気消して」って言うんですよ。電気が消えるんです。笑えるでしょう。そのうち、オウムの命令で勝手にメールが送られたりするんですよ、きっと。
あんないい加減なものを、製造者責任も考えずに社会に出しちゃうっていうところが、アメリカの底抜けなところだなとは思います。それが、新しいことをどんどんやるスピリットなんでしょうね。自由競争を大切にしたいから、格差があっても仕方ない。自己責任だから、保険がなくて道端で死ぬ人がいてもいいって。
日本は「お互いさま」の国だったりもしますよね。キリスト教の国のように教会の活動に組み込まれたチャリティとかボランティアはありませんけど、袖すり合うも他生の縁とか、情けは人の為ならずとか、そんな「お互いさま精神」のようなことでなんとなくやってきたところがあると思うんです。
でも、なんとなくやってきたことは、壊れ始めたらすぐになくなっちゃったという気もしています。私の受けている印象では、今はまさにそういう感じです。お互いさまとか、ご近所付き合いとか、地域で子どもを育てるというのが、この30年くらいで失われました。30年といえば一世代です。生活のスタイルとか人間同士の関係性が一世代で変わってしまうというのは、恐ろしいことだと思うんです。人は生き物だから、そんなことに耐えられるとは思えないなって。