人間の感情の多くは本能の発現である。このことから得られるいくつかの知見を考察しよう。今回は「葛藤」を取り上げる。
本能は状況に応じたさまざまな行動を生物に命じる。動物の本能行動は形態と同様に自然選択のプロセスを経て進化している。人間も動物の一種であるから、本能の支配を受ける。われわれは、愛情、怒り、仲間への共感、恥じらいなど、多様な感情を持つ。感情は大脳辺縁系に備わる本能の発現である(大脳辺縁系と大脳新皮質の役割については筆者記事『「理屈を言うな!」と叱責する上司への対処法』参照)。
七面鳥の母鳥は、雛がピーピーと鳴けばその世話をするが、鳴かなければ無視する。この本能判断は単純で、見た目、その他の情報よりも、鳴き声が優先される。実験者がイタチのぬいぐるみに、雛鳥の鳴き声を入れたテープレコーダーを忍ばせると、母鳥はだまされて天敵のイタチを保護しようとする。まぬけに見えるが、自然界に雛の鳴きまねをする天敵がいないので、この行動は十分適応的である。
やや脱線するが、七面鳥の名誉のために一言いうと、空を飛ぶという強い制約の中では、このような単純化した行動(ヒューリスティック、heuristic)には必然性がある。脳を軽量化しなければ、飛行に不利になる。
人間が進化の過程で身に付けた「葛藤」
われわれの本能行動は七面鳥に比べ複雑多様に進化し、生存環境のさまざまな局面に高次に適合してきた。相反する本能要請が衝突した場合、七面鳥ならヒューリスティックで対応するが、われわれはより高度の適合を求める。そこで「葛藤」が生じ悩みの種となる。2つ例を挙げて見てみよう。
わかりやすいものは16歳から18歳ごろに見られる親への反抗である。
哺乳類の中で人間は親に依存して生きる期間が際立って長い。近縁のチンパンジーも成熟は遅いが、それでも10年程度である。幼児期の人間は、自力で栄養を賄えず、外敵に対しても脆弱で親の保護なしには生存できない。ライオンを見習って3歳で自立などしたら大変なことになる。幼児期に親に強い依存心を持つことは不可欠である。当然、そのような本能が進化によって刻まれている。
一方、しかるべき年齢に達した場合は、逆に親離れができないと一人前になれない。ここに相反する要請が生じる。この要請に応えるため、人の本能は16歳前後から親に対する強い反感を生じるようプログラムされている。その強弱の程度にはむろん個人差がある。一般には、特に父親に対して生理的な嫌悪を感じるケースが多い。「こんな人とは、1つ屋根の下に住めない」という感情を持つことは広く見受けられる。
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