納得できる死を「創る」にはどうすればいいか

いま知りたい終活――作家 柳田 邦男インタビュー

たとえば、「病み臥せど なほも登らん 思ひあり 手鏡に見る 今朝の雪山」という歌があります。冬が来て初雪が降った。しかし自分は首も動かせない状態だから、看護師が手鏡に外の景色を映し出して見せてくれる。白くなった窓の外の景色を見て、「なほも登らん」――無理だとわかっていても「登」りたい、なんとか社会復帰をしたい――といった切実な思いを詠んでいるのです。

田中さんはあるとき、あまりのつらさから絶筆を宣言してしまう。ところが、歌を詠まない無為な日々はむなしく、もっとつらくなったといいます。それで、つらいのだけれどもまた詠み始めるのですね。これは自分を表現するということの大切さを象徴しています。明日死ぬかもしれないというときであっても、自分を確認するために、表現するのです。

書くのが大変であれば、語るという方法でもいいのです。男というのは家庭ではあまり話さないので、家族も彼の人生をよく知らないということがある。傾聴ボランティアが患者に5回、6回と話をじっくり聞き、短編小説のようにしてまとめると、本人も家族もびっくりすることが多いのです。<自分はつまらない人物だった、ただごみのように消えていくんだ>と思っていた患者が、ぼそぼそと語るうちに自分を再発見し、旅立つ前の自分自身を受け入れていく。語りにも、とても大きな効果があります。

「精神性のいのち」は死後も生き続ける

死んだ後、いったい自分はどこへいくのか。死への不安や恐怖の原因になるのが三つ目の問題です。

僕はこのところ、“死後の世界”というのをはっきりと認識しています。あの世があるのかないのか、ということを問うても答えはない。しかし、人間の精神性という次元で考えれば、答えは意外と簡単に出てきます。
亡くなった本人が人生の最後に自分らしい日々を送れたとき、そして家族がその最期に十分かかわれたとき、家族は<ものすごく良い看取りだった>と感じます。<おじいちゃんはすばらしい人生を送ったよね>とか、<まだ若かったけれどお父さんらしかったね>といった印象が残るのです。

もちろん、愛する人を喪った悲しみから悲嘆に暮れ、泣き暮らす毎日というのはあります。しかしそこから立ち直っていくプロセスにおいて、旅立った人が残してくれたすばらしい「心の財産」が家族を支えてくれる。死別体験、喪失体験をした家族のグリーフワークが非常に穏やかに進むのです。

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