そこで宏治社長は、現状打破に向け2つの方針を打ち出した。1つが海外進出の強化だ。先代が始めた海外販売をさらに押し進め、1990年代には海外生産へ舵を切り、中国やアメリカでの工場稼働に結び付けた。そしてもう1つがメーカーとして技術力強化への回帰だ。宏治氏はあえて競争が激しい替刃分野に注力し、当時はメジャーでなかった3枚刃の開発が進められた。
今では、4枚刃、5枚刃が当たり前のように店頭に並ぶ時代だが、1枚刃が開発されたのが1901年。2枚刃が販売されるのが1970年ごろであり、その後は大きなイノベーションは起きていなかった。この分野で後発の企業として「アピールするためにも世界初が欲しかった」と宏治氏は振り返る。
2枚から3枚にするまでに、構造上の問題もさることながら、貝印がこだわったのは価格であった。枚数が増える分だけコストも増すのだが、そこをいかに消費者にとって値打ちある価格で提供できるか。期待に応えるため、2年の開発期間を経て、1998年世界初の三枚刃替刃式カミソリ「K-3」(税抜き1000円、替刃5個付)を発売、リリースからわずか1カ月で生産が追い付かなくなる人気商品となった。
また、宏治氏の読みどおり、3枚刃を開発したメーカーとして海外でも広く「貝印」が知られ、海外での仕事も増加していったという。こうした挑戦が、現在の海外売上高比率の高さにつながっているのだ。
お風呂場からキッチン、病院、ペット用美容院まで
ただ3枚刃の開発から20年が経ち、替刃市場では外資に水をあけられている。ドラッグストアや小売店の売り場をのぞけば一目瞭然であるが、国内の替刃カミソリ業界を見るとシック、ジレットの2強が実に9割近くを占めている。替刃は一度本体を買うと安定して採算の良い替刃の交換需要が見込めるため、使い捨てより利益率が高い。市場として魅力的であるため、競争も激しいのだ。
そのため現在はもともと強みとしていた「使い捨てカミソリ」に回帰し、外資系メーカーにはできないこまやかな顧客対応を強みにホテルのアメニティをいっそう強化。また爪切りや缶切りといった刃物製品のラインナップの広さを生かし、合わせ技でコンビニPBなどへの採用が広がっている。
実際、貝印におけるカミソリ事業は売上高の22%で、あとは調理器具が35%、爪切りなど美粧用品が21%、メスなどの医療用品7%と、幅広い事業がグループを支えている。
取り扱いアイテムは1万アイテムを超え、なかでも海外で圧倒的に評価されているのが包丁だ。主力アイテムである「旬」は、日本食ブームも追い風となり、欧米を中心に人気を獲得。確かな切れ味が評価されている。
2007年からは、従業員が普段の生活で気づいたことを集める制度を設け、商品開発にも生かしながら毎年200点以上の新製品を生み出し続けている。
創業者が関の刀鍛冶として作り出した製品を、2代目が世界に売り込み、2人が見た道の先を、今3代目は歩んでいる。「老舗企業」貝印は、時代の変化に柔軟な発想の古くて新しい企業であった。
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