日本が「インフレになるはずがない」根本理由 アトキンソン氏「ペスト時の欧州に学ぶべき」

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近代経済史の観点では、経済が「正常な状態」とは、人口が増えている状態を意味します。

では、量的緩和をするとインフレになるという教科書通りの理屈を、簡単な例で説明しましょう。

たとえばアメリカでは、不況になると住宅の空室率が上がって、住宅の価格が低下します。ただ、人口が増加している状況なので、空き家を買う人もいます。彼らにおカネを回して購入できるようにすれば、買う人が増えます。すると住宅の需要が増えるので、いずれ住宅の価格は上がります。

住宅の価格はインフレの影響を受けることもあれば、インフレに影響を与える場合もあります。いくつかの論文では、人口が増えて住宅の価格が上がると、経済成長より物価指数に大きく影響するという分析がされています。需給のギャップがあった場合、量的緩和を実行して金利を下げると、個人に必要なおカネが回り、インフレ率が上がるというメカニズムが働くというのです。

このメカニズムは、人口が増え続けている国であれば、今でも通用します。たとえ政策提言者が、このメカニズムに人口増加という大前提が隠れていることに気がつかないまま、教科書通りのマクロ経済学の理論を振りかざし、総供給や総需要だけに注目して政策提言をしても、恥をかくことはないでしょう。

しかし、この理屈は今の日本では通用しません

人口減少を軽視してはいけない

私に言わせれば、「量的緩和をして通貨供給量を増やせば、インフレになる」という主張を繰り返すエコノミストたちは、人口減少の影響を軽視しすぎていると思います。

たしかに、量的緩和はしないよりはしたほうがよいと私も思います。しかし、日銀が掲げている2%のインフレ目標の達成は不可能でしょう。

なぜならば、今の日本では需要者である人口の総数が減っているだけではなく、高齢者が増え、生産年齢人口が急減するという、年齢構成の激変が起きているからです。それによって、総需要の量が減少しやすいだけではなく、需要の中身が激変しています。日本経済は経済学の教科書が前提としている「正常な状態」とは、まるっきり異なっているのです。

再び住宅の例で考えてみましょう。日本はすでに人口減少のフェーズに入ってしまっているので、住宅の需要者の数がどんどん減っていきます。特に住宅の購入が期待される若い世代が、日本では今後数十年にわたって急激に減っていきます。その結果、空き家率が上がってしまいます。

住宅は「人生最大の買い物」と呼ばれますが、その「人生最大の買い物をする人」がどんどん減ります。住宅の価格は経済成長よりも物価指数に影響を与えるので、インフレになりにくいはずです。

インフレ派の人たちには逆に、日本で量的緩和をしてなぜ空き家率が下がるのか、訊いてみたいと思います。量的緩和をすれば、住宅を2軒も3軒も購入する人が増えることを期待しているのでしょうか。

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