"孤独信仰"は「一億総引きこもり社会」を招く

孤独なんて、ちっともカッコよくないのに…

「孤独」でアマゾンを検索してキーワード順に並べるとポジティブな書名がズラリ(画像:アマゾンのサイトをキャプチャー)

筆者は本連載や書籍『世界一孤独な日本のオジサン』を通じて、欧米の数多くの研究が孤独の負の健康影響について警鐘を鳴らしていることを紹介してきた。ところが、読者からは「孤独の何が悪いのか」という反応も少なくない。これだけ「孤独推奨本」が売れているということは、実は多くの日本人が「孤独感」を覚え、その気持ちと自分の中で折り合いをつけようと葛藤している、ということの証左なのかもしれない。

ここでクリアにしたいのは、「孤独」と「ひとり」はまったく異なるものであるということだ。孤独とは、「思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が1人もなく寂しいこと。また、そのさま」(デジタル大辞泉)のことである。孤独の「孤」はみなしごという意味であり、頼るべき人がなく、不安を感じる状態を指す。つまり、「孤独でいいんだ」という論法は孤児に対して、「たった1人の寂しさを我慢しろ」、いじめを受ける子に対して、「いじめに1人で耐えろ」と言うようなものである。

もちろん、人には時として、孤独に耐えなければならない場面もある。しかし、孤独はのどの渇きや飢餓と同じような負荷が心身にかかるものと言われている。孤独がつらいのは、「水を飲め」「食べろ」というのと同様に、「つながりを作りなさい」という人間の生存本能からのサインにほかならないからだ。その苦しい感覚にずっとフタをし、「つらくない」と思い込め、という「マッチョな根性論」は、人間の自然の摂理に反している。

過度な「孤独」推奨は、「孤独の常態化」を招きかねないリスクをはらんでいる。恒常的な孤独は、たばこより、肥満より、飲酒より、心身をむしばむものだ。「孤独はいいが、孤立はいけない」などという講釈もあるが、「孤独」は孤立の内観だ。

また、欧米の研究で、まさに健康影響があると指摘されているのは、物理的な孤立だけではなく、「寂しい(lonely)という不安感」である精神的な「孤独」(loneliness)のことだとされている。自ら望み、「ひとり」を楽しむ「“個”独」は推奨されても、「孤独」は本来、美化されるべきものではないはずだ。

日本では孤独や孤高が極端にロマン視されている

なぜ、これほどまでに、日本では「孤独」が希求されるのか。まず、同質性や協調性を過度に求められる、日本独特の文化が大きな要因として挙げられるだろう。滅私奉公的な長時間労働や抑圧的な同調圧力の下で、多くの日本人が、人間関係に疲弊している。

集団に与することなく、自由になりたい、という欲求を抱くのは自然のことであり、結果として、孤独や孤高が極端にロマン視されている。また、男には「誰にも頼ってはいけない」「弱音を吐くな」というサムライ精神も背景にあるのかもしれない。

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