"孤独信仰"は「一億総引きこもり社会」を招く

孤独なんて、ちっともカッコよくないのに…

先日、ある学生から、「孤独を否定することは、依存を奨励しているのではないか」という質問を受けた。つまり、孤独は依存の対義語として認識されているということのようだ。「1人で強く、人に頼らず生きていく」ことが「孤独」であるという解釈なのだろう。

作家の中村うさぎさんが、自らの闘病の経験から、次のようなことを書いている。

熊谷晋一郎さんは脳性マヒで車椅子生活をしている障碍者のお医者さんで、私もお会いしてお話をしたことがある。その熊谷さんが、「自立は依存先を増やすこと。希望は絶望を分かち合うこと」とおっしゃったそうだ。さすが、である。なんかもう、ものすごく胸にすとんと落ちた。(中略)
人間は、さまざまなものに依存する。家族や友人や恋人という他者に、宗教や思想に、あるいは恋愛やセックスといった行為に。おそらく我々は、何かに依存しなければ生きていけない生き物なのである。(中略)
「自立」を目指した果てに「孤立」が待っていることはよくある。自立と孤立は違うはずなのに、こんなはずじゃなかったのに、と臍(ほぞ)を噛む。
mine「女王様のご生還 VOL.56」より

孤独信仰の先にあるのは「一億総引きこもり」

依存と孤独は対義語ではない。「過度の依存」こそが「孤独」と実は同義語なのだ。人は本能的に「つながり欲求」を持っており、人とのつながりが作りにくい孤独な人が、酒や薬物などの依存に陥りやすいと言われている。つまり、人の代わりに、酒や薬物などとつながることを選んでしまうということだ。義理の父は、精神的な孤独感から、「酒」とつながっていったのかもしれない。

「自立とは適度な依存」。つまり、柔らかな自発的つながりを保ちながら、他者を思いやり、支え合い、寄り添い合う関係性こそが、自立ということだ。「孤独」は、「自立」や「自由」「独立」「1人」「個性」とはまったくの別物であり、「人とは違う自分らしい生き方」でもない。

人生百年時代が到来する今、「孤独を飼いならせ」とうたうのは、定年退職後に30年間、「引きこもり」を推奨しているようなものではないだろうか。こうした「孤独信仰」の先にあるのは、「一億総引きこもり」の日本である。日本人が将来に希望を持てない根本にあるのは、誰もがひそかに恐れを抱いているこうした未来絵図なのではないだろうか。

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