(第18回)阿久悠に見る「大人」へのこだわり

●「大人になる」ための洗練

 「大人になるためのハードルのない時代」に、阿久悠はひたすら「なる」ための洗練を、自らにも、そして後世代の若者にも求めた。戦後日本社会が、精神年齢12歳の日本人を、逆に特権化する条件に満たされていたことを、彼は思いのほか深刻に捉えていたのだ。
 『人間万葉集--阿久悠作詞集』のロング・インタビュー(取材・文/北沢夏音)では、こうも語っている。

 「ぼくは、大人というのはわりあい好きで、ところがいつの間にか「大人になりたくない」というのが正義みたいになってきた。「早く大人になったやつは、そこですべてが終わってしまう」みたいな感じがして、ならない方が楽だし、得だし、大人になって良い思いをすることはひとつもない、小遣いまで減ってしまうという時代。価値観が逆転したといっても、それはやっぱりおかしいと思う」

 そこで、「ピーターパン症候群」や「シンデレラ・コンプレックス」が、幼児化というある種の病の徴候ではなく、成熟を拒否する子どもたちの特権のようになり、やがてピーターパンダやシンデレランランがはびこる未曾有の"ガキ帝国"が出現することになった。これは、バブル経済に沸き立つ80年代日本の縮図であり、一億総「幼児」化の戦後社会のおぞましい帰結でもあったのだ。

 コピーライターとして、この時代をリードした糸井重里はかつて、もし次に戦争があるとすれば、国対国ではなく「大人」対「子ども」の戦争だなどと公然と語ったことがある。団塊世代(=戦後のベビーブーマー)ならではの、いかにもガキっぽい発言だ。「民主主義(デモクラシー)」の最も過激でアナーキーなスタイルは、大人を排除した「子供だけの民主主義(ペド・クラシー)」に行き着くという、いかにも80年代的な“過激思想”である。

 その予言は後に、六本木ヒルズの拝金"ガキ帝国"のマネーゲームとして現実化し、ホリエモンらの無惨な敗戦によってあっけなく終結した。否それ以前に、オウム真理教による地下鉄サリン事件にしても、閉鎖的なガキ帝国の独善的論理が惹き起こした、陰惨な悲劇だったのではなかったか。

●“変態”を経ない人間は、人間ではない

 一方、阿久悠は「社会全体がネバーランドになってしまうと困る」と、かなりムキになって大人の正論を吐いている。

 彼がかつて仕掛けた、歌詞による日常世界からの脱出、「テーマパーク」あるいは「博覧会のパビリオン」という発想は、ガキ敵国の理想とはおよそ別のものだったのだ。それは大人に「なる」ことを厭わない、むしろ今ある自分ではないものになりたがる子どものための、想像的な夢の形ではなかっただろうか。

 平成の世に対して阿久悠は、ある苦味を込めて「オトナを求める唄」を、『昭和おもちゃ箱』の中で綴っている。その内容は、「子どもから大人への大いなる決着を付けないまま、立場的には大人になった」ガキどもを、子どもの視点に立って鋭く批判したものだった。
 この詩にあるように、ガキデカ両親に育てられ、ガキデカ先生に教えられた子どもに、どんな未来があるというのか。蛹(さなぎ)のまま、空を飛ぶ蝶がいないように、変態を経ない人間は人間ではない!

 そして、かくも幼児化した社会が、「戦後」という気の遠くなるほど間延びした歴史の行き着いた果ての姿だとするなら、そこに連合軍最高司令官・D・マッカーサーがこの国に落とした“アメリカの影”が、無関係であろうはずはなかった。
高澤秀次(たかざわ・しゅうじ)
1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。文芸評論家
著書に『吉本隆明1945-2007』(インスクリプト)、『評伝中上健次』 (集英社)、『江藤淳-神話からの覚醒』(筑摩書房)、『戦後日本の 論点-山本七平の見た日本』(ちくま新書)など。『現代小説の方法』 (作品社)ほか中上健次に関する編著多数。 幻の処女作は『ビートたけしの過激発想の構造』(絶版)。
門弟3人、カラオケ持ち歌300曲が自慢のアンチ・ヒップホップ派の歌謡曲ファン。
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