「日本の伝統」の多くは明治以降の発明だった その伝統、本当に古くからあるのか?

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もう少し正月つながりでいくと、「重箱のおせち」もかなり新しい伝統だ。おせちは「お節」と書き、祝いの席の料理として奈良時代から存在したが、正月のおせちを重箱に詰めるようになったのは幕末から明治にかけてで、戦後、デパートの販売戦略によって定着した。

恵方や食べ物、商売努力の話で思い出されるのが、恵方巻だ。恵方とはもともと陰陽道の言葉で、『蜻蛉日記』(975年)にも出てくるくらい古いが、恵方巻自体は20年程度の歴史しかない。「節分に恵方を向いて巻き寿司を食べる」風習は戦前から戦後にかけて大阪の寿司・海苔業界が大宣伝したことによって関西の一部地域には広まっていたが、これを1989年にセブン-イレブンが取り入れて大ヒットを記録。98年には「恵方巻」という名で全国展開され、他のコンビニ各社もぞくぞく参入し、現在に至っている。

言葉の魔力と美談の引力

販売戦略が奏功するだけでなく、伝統として定着できたら、商売人としてはこの上ない喜びだ。だが、そもそも存在しなかった(創作の疑いがある)風習が権威とともに前面に押し出しされてくると、さすがに違和感は拭えない。昨今疑惑を集めている「江戸しぐさ」はその典型例だ。

傘を差した人同士がすれ違うとき、相手を濡らさないように互いの傘を傾ける「傘かしげ」。複数の人が一緒に座るとき、みんなが腰を浮かせて、こぶし1つ分詰めて場所を作る「こぶし腰浮かせ」……。マナーとしてはわからなくもないが、なぜそれを記録した史料が一切ないにもかかわらず「江戸時代からの伝統」と言い張るのか。

江戸しぐさの初出は1981年の読売新聞。提唱したのは「江戸講」なるものの伝承者だという芝三光。80年代後半の江戸庶民文化再評価の流れに乗じて、この道徳的しぐさは存在感を増し、現在、NPO法人を中心に、普及が進められているようだ。

このトンデモへの批判は原田実『江戸しぐさの正体』(星海社新書)に詳しいので譲るとして、「江戸時代から」という言葉の魔力と、「マナーだから」という美談が持つ思考を鈍らせる力には舌を巻かずにはおれない。

言葉の組み合わせで迫力が増した例は他にもある。京都という由緒ある場所を利用した「平安神宮」や、「讃岐うどん」「越前竹人形」のような旧国名を冠したものがそうだ。「平安神宮」は、平安なんて付いているくらいだから平安時代からあるような気がするが、実際は1895年に平安遷都1100年を記念して創建された神社である。また、香川の地で古くからうどんが食べられていたのは事実だが、「讃岐うどん」という言葉自体は60年代の誕生で、「越前竹人形」は水上勉が1963年に発表した小説『越前竹人形』が初出だ。

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