「冷戦を知らない子供たち」のために

歴史が進歩をやめた時代に、回帰し続ける記憶を生きる

米ソで軌跡を一つにして、ともに滅んだ大衆の夢

冷戦終結後、近代の夢の破局に20世紀を問い直す『夢の世界とカタストロフィ』 (岩波書店、2008年)

マルクス主義的な米国の文化批評家の手になる、スーザン・バック‐モース『夢の世界とカタストロフィ 東西における大衆ユートピアの消滅』に接して、久々にその頃を思い出した。

大衆ユートピアとは耳慣れない造語だが、要するに「みんな」が力を合わせることで、全員が一律にいまより豊かな生活を手にする道がある、という発想を指す。

この観点から捉え返すと、冷戦下で対立したとされる資本主義と社会主義とは、実は双子の兄弟だったのではないかというのが、著者の仮説だ。

集団の力を信奉し、その増大が同時に個々人の得る快楽をも増進させる成長社会を夢見る点で、20世紀の米国とソ連の文化は秘かに一致していた。

自動車王フォードは、レーニン時代のロシア農民にも憧れの的であり、トロツキーの次に有名な人名で、ソ連は総生産額の8割を投じて同社にトラクターを発注した。その一挙手一投足が「大衆」の欲望を吸収し、反映し、実体化するものとみなされたという意味では、スターリンとマリリン・モンローが果たした機能も、また同一である。

ソ連が唯一、米国の工業文化からコピーしなかったのは家電を中心とする耐久消費財で、それが両体制の明暗を分けたと著者はいう。社会主義は共同作業的な「労働」自体を快楽にせよと命じたが、資本主義は家庭という場のプライバシーを確保し、「消費」を通じて大量生産の効率性と個々人の夢とを結びつけた分、より巧妙だったのだ。

フルシチョフの頃からすでに、共産主義の理想は「生活水準の向上」としてプロパガンダされていたため、人々が冷戦末期に西側の豊かな消費社会を目にしたとき、そちらへの脱走を転向と感じる理由はなかったのである。

しかしその資本主義もまた、社会主義の崩壊と同時に「すべての人」を豊かにするという夢を失った。ソ連解体後、ロシアで市場経済の導入が強行された際に語られた「いまを耐えれば未来が手に入る」という新自由主義のスローガンは、皮肉にもスターリン独裁が最悪に達した時期のそれと、同じものだった。

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