「冷戦を知らない子供たち」のために 歴史が進歩をやめた時代に、回帰し続ける記憶を生きる

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明治の青春にもあった、「雲の下の坂」への哀切

時間ループもののひとつの典型は、当初は進歩なく繰り返される時間に充足していた登場人物が、人間的に成長することでループを破り、元の世界へ戻るという筋立てだ。

興味深いことに、明治の文豪でも軍医・官僚として活躍した森鴎外は、留学中の恋を単なる通過点とみなす『舞姫』のように、「直線的時間」を描くことが多かった。一方で、帝国大学の教職からドロップアウトした夏目漱石は、学生時代のモラトリアム感覚が抜けない主人公の『それから』をはじめとして、「円環的時間」の方をモチーフにしたという。

卒業後の立身出世という「将来の夢」のための経由地にすぎないはずの学園が、可能なら永遠に留まりたい「夢の追憶」の場として享受される逆説。近年のサブカルチャーに多く表出されるこの感覚は、石川啄木の『一握の砂』にさえみられると、浅羽氏は述べる。坂の上の雲をめざすよりも、雲の下の坂を愛おしむ感覚が、明治にもあったわけだ。

常にそうして振り返られる教室に通った季節を、社会に希望が満ちていた時代と一致させられた自分は、きっと恵まれていたのだと思う。進歩という形では歴史を語れない未来を生きながら、いつかその時抱いていた夢に、まためぐり逢いたい。 

 

【初出:2013.10.5「週刊東洋経済(株・投信の攻め方、守り方)」

※「歴史になる一歩手前」は今回が最終回です。1年間、ご愛読ありがとうございました!

 

 

「日本はいつからこんな国なのか」を問う 新刊『日本の起源』(東島誠氏と共著、太田出版)も 2013年8月、ついに刊行!

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與那覇 潤 評論家

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よなは じゅん / Jun Yonaha

1979年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験をつづった『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』『歴史なき時代に』『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。

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