「かけ算が最強の発想」という大いなる誤解 本質が際立つのはむしろ引き算だ

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交差点で「ルーレット」によって東西南北の進行方向が決められ、盤の目状になった京都市内をウロウロ旅する「すごろくツアー」というものも、通常の旅から「目的地に向けて移動する」という手段を引き算したものだ。

通常の旅では、「目的地=到達すべき場所」であるが、「旅の本質とは何か」を考えると、「目的地に到達すること」ではない。

私のように「その土地そのものを味わう」という経験が旅の本質だというタイプの人間には、「すごろくツアー」は旅の本質がより実感できる正しい引き算といえる。ただし、そのモノが持つ本質は人によって異なる、属人的なモノである。

大事なのは、漠然と本質をぼやけさせたまま「足し算」的にアイデアを考えるのではなく、複数ある手段を引き算してみて、「いちばん人にとって受けやすい本質ってなんだろう?」と考えることではないだろうか。

「手段を引く」ことのもう1つの効用

手段を引き算すると一瞬不便になりがちだが、「価値が高まる」という反作用もある。

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スティーブ・ジョブズのお気に入りだったといわれている京都の西芳寺は通称「苔寺」として知られているが、参拝の予約をとる手段が「ハガキ」というレトロなシステムだ。

今は当たり前のように行われているメール予約、電話予約という手段がない。なかなか行けないので、訪れたらその経験を心して味わおうと思うだろうし、「希少性」という価値も生まれて人気を博している。

単に生協のルールがあるから京大の生協以外では販売できなかった「素数ものさし」(これも、ものさしから「素数以外を目盛る」手段を引いた産物)は、なかなか買えないから人気が出たといわれることがある。確かに、CDは売れにくくなっているのにライブに行く人は増えており、ロットが少ない限定品はあっという間に完売してしまう。

このように、手段を引き算する「引き算型発想」でアイデアを考えれば、より本質が際立った、人々から注目されやすいアイテムを作り出せる確率が高まりそうだ。

本質が際立った「シンプル」なアイデアには「引き算」というアプローチがあり、そのアプローチで発想に挑めば物があふれているからこそ目立つ存在を作っていけるだろう。これがイノベーションに至る新たな入り口となりうるのだ。

川上 浩司 京都大学デザイン学ユニット特定教授、博士(工学)

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かわかみ ひろし / Hiroshi Kawakami

専門はシステムデザイン。1964年島根県出身。京都大学工学部在学中に人工知能(AI)など「知識情報処理」について研究し、同修士課程修了後、岡山大学で助手を務めながら博士号を取得。その後、京都大学へ戻った際、恩師からの「これからは不便益の時代」の一言がきっかけで「不便がもたらす益=不便益」について本格的に研究を開始する。不便益研究の一環として作成した「素数ものさし」(目盛りに素数のみが印字されたものさし)は、その特異性から話題を呼び、京都大学内のみでの発売にもかかわらず、3万本以上の販売を記録している。著書に、『不便から生まれるデザイン』(化学同人)、『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか?~不便益という発想』(インプレス)などがある。

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