「父母と娘のトリプル介護」をする作家の人生 「5000通の葉書」が命を繋いだ
「なにか面白いことない?」
脇谷さんは知り合いに会うたびに聞いた。
かのこさんの2歳上の長男正嗣さん(37)は当時、高校生。困っている母のために多くのネタを提供したそうだ。
「学校にこんな先生がいるとか、電車のなかでこんな人を見たとか、たわいもないことをふくらませて、面白おかしく親子でしゃべるというのが日常やったですね。普通なら母親とはあまり話さない年ごろですが、うちは団地で家が狭いので、テレビの横にかのこが寝ていて、母も側にいたので、自然と会話してました。ちょうど通学路にポストがあったので、毎朝、投かんするのは僕の役目でした。
ただ、なんで急に葉書を書き始めたのかは、絶対に教えてくれなかったです」
大分の母の状態は一進一退を繰り返し、徘徊して夜の海に入り命を落としかけたこともあった。だが、「笑い」は凍りついた母の心をゆっくり解かしていき、4年目には抗うつ剤が必要ないほど回復した。それでも、急に心の支えがなくなると症状が悪くなるかもしれないと聞き、その後も変わらずに書き続けた。
最後の葉書を書いたのは2008年11月。大分を離れる決心をした両親を西宮に迎える3日前だった。
13年の間に脇谷さんが書いた葉書はなんと5000枚にのぼる。母はそのすべてを大切に保存してくれていた。『希望のスイッチは、くすっ』にまとめて’11年に出版すると、評判になった。
脇谷さん役を鈴木紗理奈さんが演じ受賞
その本を原作として作られたのが映画『キセキの葉書』(ジャッキー・ウー監督)だ。フィクションではあるが、内容はほぼ事実に基づいている。今年の夏に関西で先行上映され、11月4日から東京など全国で上映が始まった。
脇谷さんの役を演じたのは、タレントの鈴木紗理奈さん(40)だ。配役を聞いて驚いたと脇谷さんは話す。
「バラエティーに出ている印象が強かったから、全然ちゃうやんと(笑)。でも、私が介護しているところを家まで見に来て、こうやって身体をひっくり返すとか、すべて体得していかれたので、素晴らしい女優さんやなと。完成披露上映会には、かのこを連れて行ったんです。
懸命に演じる紗理奈ちゃんを見ていたら、不思議なことに頑張れ~と応援してしまうのよ。自分のことなのにね(笑)」
紗理奈さんにとって、『キセキの葉書』は初の主演映画だ。オファーが来たとき、こんなに重い役を自分ができるのか、不安だったという。