日本の学校教育が国際的に全然悪くない理由 「ゆとり」の目指したことは成し遂げられた

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面白いのはこのあとだ。社会心理学の実験でよく見られるように、だましの要素が入る。生徒たちは、次はコンピューターを使って「心の知能指数(EQ)」のテストを行うと告げられる。しかし、テストが始まってから2、3分でコンピューターが「停止」してしまう。

実験者は困っているふりをして、「ちょっと席を外すけど、直すのに少し時間がかかるかもしれないから、よかったら別のRATテストをやっていてくれないか」と、生徒たちに言う。待っているあいだ生徒たちは、最初のテストの成績の良し悪しに応じて、新しいRATテストをする。実は、今度のテストでは簡単な内容と難しい内容が混ざっている。このテストで、日本とカナダの生徒たちは逆の傾向を示した。

最初のテストで悪い成績だったカナダ人の生徒は、成績の良かった生徒より短い時間で新しいテストをやめてしまった。自分が良くできると信じている生徒ほど、長時間続けた。つまり、彼らは成功に動機づけられていた。一方、日本人の生徒は、最初のテストで成績が悪かった者ほど、新しいテストでは成績の良かった者より長く頑張ろうとした。彼らは失敗に動機づけられているようだった。

日本とアメリカの生徒たちに、「知能は何パーセントが努力のおかげで、何パーセントが才能、つまり生まれつきの能力のおかげか」という質問をした研究も紹介したい。努力が占める割合について回答された数値を平均すると、ヨーロッパ系アメリカ人は36パーセント、アジア系アメリカ人は45パーセント、日本人は55パーセントという結果だった。

つまり、日本の子どもたちも、人によって生まれつきの能力の違いがあることを認識してはいるが、それより努力のほうが成績を上げる力があると考えているのだ。

ゆとり教育は本当に失敗だったのか?

そんな彼らのやる気を削いでしまったとされる、「悪名高き」教育政策がある。いわゆる「ゆとり教育」だ。1990年代の後半から2000年代の前半にかけてカリキュラムの3分の1を減らし、土曜日を段階的に休日化していき(最終的にはすべての土曜日を休日とした)、子どもたちに自分の興味を追求させるための「総合的な学習の時間」を設けた。

オックスフォード大学の苅谷剛彦教授は、1974年から1997年までのあいだに、学校外で子どもが勉強に費やす平均時間が減少したことを発見した。これは何より、やる気の問題だという。「落第点を取らない程度の成績で十分だと思うか」という質問に、「はい」と答える子どもの割合も増加している。苅谷教授によれば、やる気がこのように低下したのには、当時の社会情勢が関係しているという。

いわく、1990年代の経済状況により雇用機会が減少したせいで、良い学校に行けば良い仕事に就けるという、それまで「厳然たる事実」だったものを、子どもたちが信じられなくなったのだ。やる気の減退は、貧しい家庭の子どもたちにいちばん顕著だったという。ゆとり教育は労働者層の子どもたちに「勉強しなくても大丈夫だ」という誤った安心感を持たせてしまい、彼らを就職戦線でより不利な立場に陥らせた。

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