「カネだけが評価基準」を打破するVALUの哲学 小川代表「ヒカル氏は将来戻ってきてほしい」
――当初はトップページに「株式会社のように、あなたの価値をトレード」というコピーが書かれていましたが、最近「株式会社のように」の文字が消えました。
個人の価値をシェアするというVALUの新しい概念を、今存在するもので表現しようと考えました。いちばん近いものとしてVAを株に見立てたわけですが、「株式会社」という表現はあくまで比喩のつもりでした。しかし、VALUの仕組み自体が、株のルールを前提にしていると考えてしまったユーザーもいた。想像していた形と現実とで、ズレが生じてしまった面もありました。
VALUで発行をする人は、自分のVAを買ってくれる人に対して優待をつけるかどうかも自由となっていますし、あくまでトレーディングカードのような位置づけだと考えています。クラウドファンディングで考えると、対価を前提としない寄付型ですね。
株式もVALUも、本質は変わらない?
――VALUはSNSのフォロワー数などをベースにビットコイン建てで価格が算出されています。株式は、会社の資産や将来の成長性によって評価することができますが、VALUの場合、価値はどこから出てきた?
それは、どこからも出てきていません。「VALUには本源的価値がない」という指摘があるのは理解していますが、では、おカネを稼げる企業の何が本源的価値なのか。一歩深く考えてみると、VALUであっても株であっても、本質的には変わらないと思います。
たとえば、アメリカで人気のコミュニケーションアプリ、スナップチャットが最近上場しましたが、「クラスA株」という議決権が一切ない種類株式を発行しています。スナップチャットは配当もしばらく出す予定はないはずですから、この株式はトレーディングカードとほぼ同じような位置づけになっています。それでも、市場で価値はきちんとついている。
株式は「継続企業の前提」という考え方、つまり企業は永久に不滅しないという前提の下で価値がついています。さまざまなファイナンスのモデルが存在して、最終的には法律によって価値が担保されているというイメージです。しかし、そうした前提と現実は違って、企業の平均継続年数はたったの25年なんですよね。一方、人間の平均寿命は80年。それなのに、なぜ企業には時価総額という価値が担保されていて、人間個人にはされていないのか。ここは疑問だし、矛盾があると思うんです。
――「経済的利益が出るかどうか」だけが唯一の価値基準というのも、思い込みなのかもしれないということですね。
日本銀行のホームページを見ると、法定通貨である円が月間1兆円という規模で増えているんですが、これがどういうことを意味するのか、深く考える人はほとんどいません。一時期シリコンバレーに少し住んでいたことがあるんですけど、企業買収によって巨額の富を得たファウンダーと話していて、気になったことがありました。
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